12 食べることは愛である
月に一度、行われる浄化の儀は国の発展と安定を願いエルメルダが王宮で祈祷を捧げる。
「エルメルダ様どうかこちらを向いてください。」
「エルメルダ様、先日子が生まれました。是非この子に良き名をお与えください。」
「私の父の目をお直しください。」
先代の女王が亡くなってから久しく、国の民達は白の魔法が使える次期女王を今か今かと待ちわびていた。エルメルダの誕生はこの国にとって希望なのだ。
王宮での祈祷を終えたエルメルダに多くの民が祝福を授かろうと列をなす。エルメルダは慈愛の表情を称えたまま近い者の手を取ると祝福と言う名で病を癒していく。その様子を王宮の騎士と警護しながら、エヴァリスとガイデンはエルメルダの側で興奮した民がエルメルダに危害を加えないように目を凝らしていた。
エルメルダが眼の前にいた男性の頭に触れると、それまで患っていた頭痛が消えていく。
「エルメルダ様、ありがとうございます。頭痛がスッキリとなくなりました。」
「これしきの事、私のお力で皆様をお救いできるのですから造作もないことです。ですが、そろそろお時間が来ました。また次の浄化の儀にお会いしましょう。」
エルメルダはそう伝えると、宮殿の中に早々に引っ込む。まだ祝福を受けていない民達が波を作るが王宮の騎士に阻まれ成すすべがない。
『待ってください。私は先月も待ちました。』
『私の胸の痛みも治してください。』
エヴァリスはその姿を見て目を伏せる。毎月行われる浄化の儀であるが魔法の使いすぎは魔力の枯渇を早めるとエルメルダが祝福を与えるのは僅かである。天国と地獄の線引きはいつもエルメルダの手の中にある。
「くるしい…だれか…。」
その時、群衆の中で揉みくちゃにされている子どもを見つけエヴァリスは直ぐに腕を引き引っ張り出す。
「大丈夫?怪我はない?」
「うぅ…、お母さんがくるしそうなの。お医者様も無理だって。もう何ヶ月も待つけどエルメルダ様には治してもらえない。」
ハラハラと泣き出す大人の中でその子は耐えるようにぐっと力を入れる。エヴァリスはそっと子どもを抱きしめると優しく頭を撫でる。ただ抱きしめることしか出来ない自身の無力さにエヴァリスの胸は締め付けられる。
その後、エヴァリスがエルメルダの元へ足早に向かうと、既にエルメルダは式服を脱いでダラリとソファーに横になっていた。
「エルメルダ様、子どもの母親が命の危機だそうです。」
「それがどうしたっていうの?」
「お願いします、あの子の母親に会ってあげてください。もう既に4ヶ月が過ぎています。」
「あのね、私の力には限りがあるの。それに医者もさじを投げたって言うじゃない。私がやったってどうせ長くは持たないわよ。精々数ヶ月延びるだけよ。それこそ教会に送ったらいいわ。」
ですが…。と食い下がるエヴァリスに、エルメルダはうるさいと式服を投げて睨みつける。
「そんなに言うならあんたが助けてやりなさいよ。」
「それは…できません。」
「はっ。私の魔法なのよ、あんたにとやかく言われる筋合いはないわ。厚かましい。誰にどう使うかは私の勝手よ指図しないで。」
目障りだから出ていきなさいと、エルメルダは吐き捨てる。そしてこの後セオリアに会うためのドレスを選ぶためにナチェスを呼びつけた。立ち尽くすエヴァリスなど初めからいなかったかのようにエルメルダはまた床にドレスを散らばせていく。
この光景を果たして幾度となく見ていただろう。
エヴァリスは静かにその場を離れると王宮の外階段へ足を進めた。既に大勢の人混みは無くなっていたが、未だに階段で座り込み膝を抱える子どもにエヴァリスはそっと近づくと隣に腰掛けた。
「お腹は空いている?」
ふるふると首をふる子どものお腹が大きくグーッと音を立てた。エヴァリスは少し微笑むと「ここで待っていてね。」とその場を後にする。暫くして戻ってきたエヴァリスの両手には大きな袋が抱えられていた。
子どもはちらりとエヴァリスが持ってきた袋に目をやった。その中から小さい白パンを取るとエヴァリスはそっとそれを差し出す。
「食べて、お腹が空いているでしょう。」
「………………。」
子どもはモゾモゾとしながらも返事を返さない。
「困ったわね、こんなにたくさん一人では食べられないから鳥にでも分けようかしら…。」
困ったようにそう呟いたエヴァリスに、慌てて子どもはエヴァリスの腕を取る。
「食べましょう。フルーツもあるのよ。食べきれない分はお家でお母様と食べられるわ。」
子どもはエヴァリスの言葉を聞いて、恐る恐る白パンに手を伸ばすと小さい口で一口齧る。また一口、そして一口気付けば貪る様にパンを食べ始めた。慌てて食べる様子に水を渡しながら「ゆっくりで良いのよ。」と声を掛ける。
「どうして…食べ物をくれるの?」
「うーん…昔ね。私があなたくらいの頃、ひとりでどうしようも無かった時にエリオットが…こうしてパンをこっそりくれたの。」
「そうなんだ…。」
エヴァリスは子どもの手を取ると真っ直ぐにその目を見つめる。
「ごめんなさいね…。私にはこんな事しかあなたの力になれない。だけどもし泣きたいなら我慢しては駄目よ。お母様の前で泣けないのならこの膝で泣きなさい。」
エヴァリスの穏やかな瞳に見据えられて、子どもはしばしの無言のあと唇を震わせると大きな声を上げて泣き始めた。気付けば髪の毛をバッサリとショートカットに切った女の子は長いまつげを涙で濡らしながらエヴァリスのメイド服に縋りつきながらわんわんと泣き声をあげる。
「そうよ、我慢しては駄目よ。大丈夫、泣いても良いのよ。」
巡回の途中だったガイデンは、少女の泣き声を聞きつけエヴァリス達のもとへ声をかけに来たが、エヴァリスのもとで泣きじゃくる姿を見てそっとその場を後にする。
すると、振り返るとセオリアもまたその姿を見つめていることに気付いた。
「セオリア様…!」
と声を出したガイデンにセオリアはそっと首をふる。
ガイデンが静かに頷けば、セオリアは穏やかに微笑みかえす。
「お母様はお好きな食べ物はあるの?」
「最近は、冷やした林檎をすりおろしたものが美味しいって言ってた。」
じゃあ、林檎を持っていくと良いわ。他にもオレンジも食べれるかしら…。いつの間にか泣き止んで少しだけ笑った少女を見てエヴァリスはまたその頭を撫でる。
「あの子の家は分かる?」
「お調べいたしますか?」
セオリアが頷くとリタールはかしこまりましたと頭を下げる。セオリアはエヴァリスを見つめるガイデンに話しかける。
「エヴァリスは最近どう?…元気にしている?」
「あぁ…、あいつ…エヴァリスはいつも元気ですよ。毎回誰も放っておけないし、誰にでもお節介だし見たとおりです。」
「そのようだね。」
セオリアは確かに…と笑うと、ガイデンに向き直る。
「エヴァを頼むよ。僕では側にいてあげられないからね。」
その言葉の意図を探るかのように、ガイデンはじっと見つめる。セオリアは、いつも通りの穏やかな顔で「では…」とリタールを連れて王宮の中に入っていった。
「案外分かりやすいな…。」
その背中を見つめながら、ガイデンはやれやれと息を吐く。誰かに言われなくても初めからそのつもりだ。
彼女に出会った時からずっと…。ガイデンは昔のことを少し思い出しては静かにその場を後にした。
「セオリア様お待ちしておりました。」
エルメルダはピンク色のドレスに身を包み、セオリアが部屋の中に入ると花のように笑う。先程浄化の儀を終えたエルメルダは既に完璧に支度を整えてセオリアの到着を今か今かと待ちわびていたのだった。
「今日も終わったようだね。」
「えぇ、祝福は魔力を消耗致しますが救いを求めて来てくださる民を思えば苦ではありませんわ。」
それは心強いよ、と穏やかな笑みを崩さずにセオリアはエルメルダに言葉を返す。
「そういえば…そろそろ私達の婚約の儀がありますよね?それが終わったら私はセオリア様と一緒に王宮に住むことになるのですよね?」
「そう言うことになっているよ。」
セオリアの言葉にエルメルダは笑みを深める。確かに婚約の儀を終えた王とその王女は宮中で生活をし婚姻の儀を迎えるその日まで共に儀式に向けて身を清め政務を行うことになる。
「私、早くセオリア様と一緒になりたいです。こうやってお会いできない時間が苦しくて。」
「君の力で民が救われている。それには感謝しているよ。今日の祝福も既に幾月も前から君に助けを求める人が後を絶たないらしいね。」
セオリアの言葉にエルメルダはさらに笑みを深くする。
「えぇ…そうなのです。私に会うためにたくさんの民が来ますから。」
「そうだね…。出来ればこれからは長く待っている者を優先してくれるかい?長期で来ている者は王宮の祭司がリストを作って管理をするからそれに従ってくれる?」
「えっ!?リ、リストですか?」
優しい目元のまま有無を言わさぬセオリアの微笑みに、美しい顔をヒクつかせながらエルメルダはぎこちなく笑顔を返す。ここ最近は、いつも簡単な魔法で治すことができる人を選んでは適当に祝福を授けていたエルメルダだが、祭司が管理するとなるとそうはいかなくなる。
ちっ…面倒くさいわね。
エルメルダは内心舌打ちをした。
マリアンナのスパルタな王宮教育と、山のような課題。エヴァリスに教会の慰問は押し付けているが、元々要領が良いとは言えないエルメルダにとって以前に比べエルメルダが白の魔法を維持するための祈祷を行う時間は明らかに減っている。以前なら片手で済んでいたものが、今では魔法をかけるのに少々時間を要するものも出てきた。
(それでもまだ誰かに気づかれる変化ではないわ。)
どうせ祈祷の時間を増やせばまたもとに戻るとエルメルダは高をくくっていた。今は少々その時間が足りていないだけだと。
エヴァリスに言って、課題をやらせようかしら…。
そもそも政はセオリアがやるわけで。この癒しの力が有れば無駄に興味のない歴史を学ばずとも国の民達はエルメルダを崇め奉るのだ。何しろエルメルダは誰もが待ち望む白の王女なのだから。
エルメルダがそんな事を考えながら笑みを浮かべる隣で、セオリアはその様子を見ながら僅かに目を細める。
『やはり今回も簡単な魔法で済むものを選んでいらっしゃいますね。』
祭司達へ調査を行ったリタールの報告を聞いてセオリアはやはりそうだったと確信する。以前、お茶会でエルメルダを襲った女の言葉が気になり、セオリアは密かに女が投獄されている牢に足を運んだ。
「話を聞こう、此度の王女候補への暴行事件。どうして襲ったのかを。」
「お聞きください。私は心臓の悪い息子を連れて何度も何度も祝福を受けに王宮に参りました。しかし…。」
『エルメルダ様、もう息子には時間がありません。今回が最後のチャンスなのです。どうかどうか息子をお助けください。』
人混みの中、腕にぐったりとした息子を掻き抱きながら泥だらけになった手で女はエルメルダの式服を掴んだ。
それを見たエルメルダは、汚れた式服に僅かに顔をしかめるとよろけたふりをして女の手から式服の裾を振り払った。
『すみません、そろそろ魔力がつきます。今日はこれでおしまいにしましょう。』
『お待ち下さい、本当に息子はもう持たないのです。お願いします、息子を助けてください。』
人混みに身体を踏まれながら叫んだ女の声が聞こえないかのようにエルメルダは小さい欠伸を隠しながら、いつもの様に宮殿の中へ消えて行った。
女の話を聞いたエリオットは静かに目を閉じる。
「息子は数日後に息を引き取りました。横で擦り傷の民が怪我を直してもらえるのにどうして息子は死ななければならなかったのでしょうか。」
どうして、あの女を許すことが出来るのでしょうか…と。次期王女に対しての暴挙に本来なら極刑にされるべきところであったが、セオリアはその女を二度とこの国に入ることを禁ずる代わりに密かに国外に逃がした。
祭司や宮中の者たちからは少しずつ、エルメルダについての不穏な報告が聞かれ始めている。
そしてそのしわ寄せは確実に国の民にも及んでいた。セオリアは自身の机の引き出しから洋紙を取り出すと何かをしたため始めた。その内容を見たリタールは驚いてセオリアを見る。
「セオリア様、宜しいのですか?」
「あぁ、私は私のやり方で守ってみせるよ。」
国も、そして彼女も…。




