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11 バタークッキーの魔法

次の日目が覚めれば、随分と身体は軽くなっており問題なく仕事に取り掛かる。何よりエルメルダに昨日のことについて報告をしなければいけない。自身から首を差し出すとはこう言うことか…。支度をし、紅茶を持ってエルメルダの部屋のドアを叩くと。「入りなさい。」と声が返ってきた。


絶対に起きているはずのないエルメルダの返事が聞こえてエヴァリスは不思議そうに首をかしげる。




「失礼いたします。」


意を決してドアを開けば、エルメルダはエヴァリスが来るのを待っていたかのようにベッドに腰掛けていた。






「エルメルダ様、紅茶をお持ち致しました。」


向こうから返事はない。いつもの通りにエルメルダから視線を避け用意をしようとすると、エルメルダは静かに口を開いた。






「宮廷でぶっ倒れたって聞いたわよ。試験のことマリアンナ達にはバレていないでしょうね?」


「昨日は申し訳ございませんでした。問題ございません。」


心の中で今のところは…。と付け足しておくことにする。エルメルダはエヴァリスの返事を聞くと、特に気に留める様子もなく、まぁ良いわと頷くいた。




「今までは頼まれた時だけだったけど、これからあの教会に定期的に行くことになったから。」


「教会…慰問のことですか?」


「セオリア様が直々にこの私に期待をしているってお父様に言ったのよ。セオリア様が私の力を求めているから是非お助けして差し上げなさいって。」






うっとりと話すエルメルダにそうでしたか…とエヴァリスは安堵して返事をする。元々教会の人々が求めているのは「白の魔法」を宿すエルメルダである。エルメルダ自身が教会に自ら出向いてもらえるなら寧ろエヴァリスにとっても喜ばしい事だった。




「これからもあんたを行かせるから務めを果たしなさい。」



思わずエヴァリスは呆れた様子でエルメルダの顔を見る。それに構うことなくエルメルダは大きな欠伸をひとつ。



「前にも言いましたが、教会の人々が待っているのはエルメルダ様です。セオリア様もエルメルダ様のお力に期待して言葉をかけたのですよ。どうかその思いを汲み取ってはいただけないでしょうか?」


「物分かりが悪いわね。私は聖女教育でてんてこ舞いなの。それにあんな汚い場所に聖女が行くなんてあり得ないわ。この前のアンタみたいにどんな病をもらってくるか分りゃしないわ。」



諭そうとしたエヴァリスの言葉を遮ってエルメルダは話を続ける。



「それから何でかわからないけど、お母様がこれから外に出る時はエヴァリスを必ず護衛につれていきなさいっていうのよ。」


「護衛ならガイデン達だけでも充分ですが。」


「知らないわよ!私もそう言ったけどお母様がどうしてもあんたを連れて行けって仰るから。あたしだってあんたと四六時中一緒なんてゴメンだわ。」






エルメルダは苛立ったようにガチャリとカップを戻す。王宮のメイド長マリアンナが見れば叱責されるであろう。母のマチルダにどういった意図があるのかは分からないが、エルメルダと共に外に出る間のエヴァリスの仕事は既にエリオットが他のメイドに振り分けたらしい。






「分かりました。ご一緒致します。」


「早速今度、祈祷をしに行くから準備しておいて。」



エルメルダは言いたいことを一方的に話すと、もう話は済んだからとエヴァリスを部屋の外に出す。突然の話であるがしかし、エヴァリスにとって祭司のヴァレリーに公に会える機会が定期的にできるのはありがたい。

結局あれから暫くたったが、心配だったエヴァリスがエルメルダの代わりにセオリアとダンスを踊ったことは何故かエルメルダの耳には入っていないらしい。エルメルダについてマリアンナやリタールと顔を合わせることは度々あったがその様子はいつもと変わりなかった。



「エヴァリス様、最近はエルメルダ様に同行されることが多いのですね。」





エルメルダの王宮教育に同行すると、リタールから声をかけられた。





「リタール様、私にその様な呼び方はおやめください。」


「いえ、エヴァリス様はエヴァリス様です。これは私の意思ですからお気になさらず。」




淡々と答えたリタールに、エヴァリスは少し目を丸くすると「はぁ…。」と返す。先ほどまで、エヴァリスはマリアンナのマナー講習を受けるエルメルダと同じ部屋にいたが「気が散るから出ていて!!」と追い出された。

自身の所作にひとつひとつ指摘が入り、それをエヴァリスに見られることはエルメルダのプライドが許さなかったのだろう。静かに頷き、他の騎士にその場を任せるとエヴァリスは部屋の外で静かに待っている最中だった。





「奥様…母から仰せつかりました。これからはエルメルダ様が外出する際は極力護衛で同行致します。」


「エヴァリス様がご一緒なら安心ですからね。…貴女の努力を見ておられる方はたくさんいますよ。」


「いえ、努力なんて…。私には足りないものばかりですから。」



その言葉に恐縮したエヴァリスはふるふると首をふる。どういう訳か、今日はリタールがやけにたくさん話す。そして何か思いついたようでエヴァリスの顔をじっと見つめた。



「ど、どうされましたか?」


「エヴァリス様、エルメルダ様のお勉強のお時間はまだかかりますね。」


「えぇ最低でもあと2時間くらいは。」




今日のあの様子だと、マリアンナからの扱きは長く時間がかかりそうだ。素直にそう答えればリタールは頷いて宮中のメイドを一人呼び寄せた。そして何かを囁くとエヴァリスに向き直る。




「エヴァリス様、エルメルダ様にお出しする茶菓子を一緒に選んでいただけますでしょうか?」


「えっ?でも私はこの場を離れられないので…。」


「護衛をこちらからお出しします。本日もエルメルダ様は大層真剣にお勉強に取り組んでおられます。是非エルメルダ様の最近の好みを教えてください。」



渋るエヴァリスに、リタールはにこやかに話を連ねる。顔は笑っているものの何かを含むような表情にエヴァリスは顔を引きつらせる。リタールの言う通りまだ時間はある、宮中の護衛を一人もらえるのであれば。



「分かりました。私でよろしければ。」


「ありがとうございます。それではこちらのメイドがご案内いたしますので。」


メイドのルシーは深く頭を下げると、エヴァリスにニコニコとほほ笑んだ。「よろしくお願いしますね。」と挨拶もそこそこにリタールはすぐさま廊下を歩いて行ってしまう。こちらも慌てて頭を下げると、エヴァリスはルシーの後を追って王宮の厨房に足を踏み入れた。


夜のディナーの準備が既に始まっているようだ。ピカピカに磨き上げられた食器や調理器具の数々、様々な食材が置かれた調理台を横切ると、料理長のモーロが何やら料理人たちと話し込んでいるのが見えた。




「でもな…。このガトーショコラだと口がぱさぱさにならないか?」


「いやしかし、この前のベリーパイはお召し上がりになりませんでした。」


「いっそのこと、プディングにするというのは?」



デザート担当はコック帽子を被りながらやれやれと頭を抱える。どうやら最近セオリアがティータイムの菓子に手を付けてくれないと話している最中のようだ。




「あの…、エルメルダ様のティータイムにお出しする茶菓子を確認しに来ました。」


「あぁ。待ってくれ。あの方も最近いろいろと難しくてな。この前は気分じゃないと用意したマカロンの代わりにチーズケーキを焼く羽目になった。」



そう言って振り向いたモーロは初めてエヴァリスが視界に入ったらしい。まさかこんな場所にケイネン家の人間が出入りするとは考えもしなかった料理長は一気に顔を青くしてその場に土下座をした。




「も、も、申し訳ございません。わ、私としたことが無礼を口にいたしました。命だけはお助けください。」

「「申し訳ございません!!」」



それに続いて、料理長と同じく床に頭をつける人たちを見て、エヴァリスは慌てて膝をつく。


「何をなさるのですか顔を上げてください!!」


「私にはもうすぐ3人目の子どもが生まれるのです。なのでまだ死ぬわけには…。」


「大丈夫です、このことはエルメルダ様にはもちろん誰にも口外しません。それにお茶菓子の事でしたら私に考えがあります。」



エヴァリスのその言葉を聞いたモーロは恐る恐る顔を上げた。それに優しく頷いてエヴァリスはモーロを立たせる。落ち着きを取り戻したモーロの話によればセオリアは最近ハレオン国と隣国のウルワライ国との国境線に魔物の出現について忙しく調査をしているらしい。



「そんなにお忙しいならケーキやプディングなどをゆっくりと召し上がる時間などないでしょうね。」


「えぇ…。セオリア様はただでさえお忙しくここ最近は昼食をお食べにならないこともあります。」


「なるほど…。では、簡単に食べられるものはいかがでしょうか?」


「ほぉ、一体どのようなものが良いのでしょう。」



エヴァリスは昔、セオリアと一緒にランチをとっていた時間を思い出す。彼はもともと身体は細いもののよく食べる方だった。セオリアは勉強に夢中になると食事を忘れて没頭することも多かった。それは昔から変わらないらしい。



「サンドイッチにしましょう。肉や卵など力がつくものも入れられますし、野菜も取れます。食べるのにナイフやフォークも必要ありません。」


「あぁ…なるほど目から鱗です。私たちはセオリア様のために手の込んだものをお出ししようとし過ぎていたのかもしれません。」


「皆様のお気持ちをセオリア様はちゃんとわかってくださっております。せっかくですから美味しくお召し上がりいただきましょう。」



エヴァリスの言葉を聞いてモーロを始め料理人たちは大きく頷いた。今日も昼食に手をつけなかったセオリアのために皆が急いで準備を始める。その様子を見ながらエヴァリスは料理長のモーロにひとつお願いをすることにした。



「構いませんか?」


「勿論です、お任せください。」



その頃、我慢の限界を超えに超え息を切らしたエルメルダの様子を見てマリアンナは時刻を確認する。

一度休憩を取りましょう。そう伝えるとエルメルダは「疲れた」と声を出しソファーにどさりと腰かける。しかしマリアンナの無言の叱責を察知すると慌てて足を閉じ小さく咳払いをした。


エヴァリスはカートをひきながら部屋に入ると、エルメルダの前に温かい紅茶とマフィンとフィナンシェがのった皿を置いた。エルメルダはそれを見るとほっと顔を緩めてちらりとマリアンナの顔を見ると、ゆっくりと口をつけた。それを見たメイド達はほっと胸をなでおろす。


マリアンナが離れたところでそれを見ていると、メイドのルシーがマリアンナに紅茶を入れながら小声で話す。


「エヴァリスお嬢様が、エルメルダ様はドレスが汚れるのがお嫌いなのでマカロンやミルフィーユなど食べにくいものは口にしないのではないかと教えてくださいました。」

なるほど…。マリアンナはそういうと、エルメルダがフィナンシェを美味しそうに食べる姿を安堵したように見守るエヴァリスの顔を見つめた。作法に自信がない食べ物はマリアンナからの注意を受けないように警戒して別の菓子に代えさせていたという事らしい。


プライドの高さと、多分な幼さを見せるエルメルダにマリアンナは心の中でため息をつく。


その頃。

執務室では溢れかえる書類を的確に捌きながら政務に勤めるセオリアの部屋にノックの音が響いた。


「セオリア様、失礼いたします。軽食をお持ちいたしました。」


「すまない、先ほども伝えたが今取り込んでいる最中だから後で食べる。」



それを見たリタールは穏やかにほほ笑むと、セオリアの机のサイドテーブルにサンドイッチの乗った皿を静かに置いた。セオリアはちらりと一度サンドイッチを確認すると、もう一度見て作業の手を止めた。



「料理長がこれならセオリア様の手を煩わせないかと。皆、セオリア様のお身体を心配しております。その心をどうか理解してくださいますと幸いです。」


「そうだな…。すまない、ここ数日は他の事に頭が回っていなかったな。」



茶を入れます。とリタールが用意を始めると、セオリアはサンドイッチをひとつ手に取ると大きな口で一口齧る。ふわりとレモンジャムの香りが広がり、久しぶりに食べた自身の好物に心がほろりと解ける。一度食べ物を口にすると忘れていた空腹を自覚して次々にサンドイッチを食べる。じゅわりと香るハニーマスタードチキンとスクランブルエッグ。リタールの淹れた紅茶に口をつけるとセオリアはほっと息を吐いた。そして小皿に乗っているクッキーを掴む。


「これは?」


「クッキーにすれば時間が経ってからも美味しく召し上がれるのではないかと。」


「そうか、たくさん気を使わせてしまったな。」


「エヴァリスお嬢様がお作りになられました。」


エヴァリスの名前を聞いてセオリアはおもむろに椅子から立ち上がった。慌ててクッキーを落とさなかったことは幸いだった。驚いて呆ける主にリタールはそっと笑みをこぼすと事の次第を話す。エヴァリスはモーロに厨房を少し間借りし、セオリアのために昔彼が好んでいたバタークッキーを焼いたのだった。エヴァリスからはモーロに「セオリア様には内密に。」とのことだったが。


「私は直接口止めされておりませんので。」


セオリアはリタールの言葉を聞きながら、クッキーを見つめ未だ固まったままだった。不思議に思ったリタールはセオリア差の前で手を振る。



「お召し上がりにならないのですか?先ほど焼き上がったものですよ。」


「リタール…勿体なくて食べられない。」



真面目な顔でそう答えたセオリアを見て、流石に笑いをこらえられなくなったリタールは大きく噴き出した。せっかくのお気持ちですから美味しい時にお召し上がりいただいては?と伝えるも、セオリアは緩む口元を隠しながら耳をほんのりと朱色に染める。


「リタール!エヴァリスに礼がしたい。秘かに菓子を送ってくれ。いや待て、私が選ぶ。エヴァの好きな物は何だろう…。」


今までもそうだがエヴァリスの顔を見られた瞬間だけ、セオリアは心からの笑顔を出せるのだ。その後も嬉しそうな表情であたふたするセオリアの姿を見てリタールは秘かに胸をなでおろす。これはリタールしか知りえないハレオン国の王子の秘密であった。



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