0 序章
ハレオンの国には古来より魔法の力が色濃く残る。
こどもたちは皆5歳を迎えるとそれぞれ魔法の力を与えられる。
ある者は火を操る魔法を、ある者は水を、そしてその中の一人。何年かに一度現れる幾多のものを癒す「白の魔法」を開花させたものは代々国の聖女として王の隣に立つ資格を得ることができるという。
忘れもしない5歳の誕生日。
『エヴァリス・ケイネン、前へ。』
両親と、双子の妹のエルメルダ。そして沢山の人達が見守る中、エヴァリスは祭壇に上がると静かに目を閉じる。
神官の手が聖杯に少し触れた後、エヴァリスの頭の上に手をかざす。しかし、しばらくしても反応が無い聖杯を見て穏やかだった会場から少しずつどよめきが起こる。
『どうやら…お嬢様には魔法の力が無いようです。』
困惑が確信に変わり、正殿の中は益々声が大きくなった。可哀想に…。ある人は冷めたように、哀れみを持った視線がエヴァリスの小さな体に絡みつく。5歳になったばかりのエヴァリスでさえ、振り返らなくても人々の顔がまるで手に取るように分かった。
「色がない…。」
「そんな…、そんな事って。いえあり得ないわ。私の娘が…。そんな…。」
絶望を顔に貼り付けた父の横で、いつも穏やかな母はポロポロと涙をこぼすと膝から崩れ落ち嗚咽する。
「マチルダ、おいしっかりしろ」
泣き続ける母を抱きかかえながら、焦って声を荒らげる父。そして恐怖から顔を引きつらせる妹のエルメルダ。待ちに待っていたこの瞬間が自身の想像とは打って変わり悲惨な地獄になった瞬間。エヴァリスはその様子を呆然としながら見つめていた。
否、見つめることしか出来なかったのだ。
「エ…エルメルダ・ケイネン、前へ。」
尚、騒然とする観客をいなすかのように祭司はひときわ大きな声を上げた。ガタガタと震える妹のエルメルダは女中に背中を押されて祭司の前に進み出る。
祭司がゆっくりとエルメルダの頭に触れると、聖杯は白く光り輝きエルメルダのラベンダーベージュの髪色がゆっくりと白銀の色に変化していく。先ほどまでの地獄は徐々に驚きの声に変わり、一変して歓声の喜びに変わる。
「未来の聖女様の誕生だ!!」
「美しい白銀の髪色…。」
驚き、呆けるエルメルダに両親は駆け寄ると喜びの声をあげながらその身体を抱きしめる。まるで先ほどの地獄がなかったかのように。色がないということは乃ち魔法の加護が与えられなかったということである。魔法が息づくこのハレオンの国では魔法が使えないこと=死を意味する。それは生命が消えるそれ、ではなく社会的な死を意味だった。
「エヴァ!!」
騒然となる会場。誰しもがエルメルダ達を囲みその福にあやかろうと群がる。人混みをかき分けて王子セオリアが一人祭壇に駆け上がるとエヴァリスを力いっぱい抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だよエヴァ。」
「セオリア、私…。」
「うん、分かってる。僕がついてる。君は君だ。エヴァリスはエヴァリスだ。」
「お母様が…お母様が…。」
繰り返すようにそう呟きながら、エヴァリスは音もなく涙をこぼす。その涙を他の誰からも隠すようにセオリアはただ唇を噛み締めながらエヴァリスを抱きしめ続けるしか無かった。
「いけません、王子…席にお戻りください。」
護衛が慌ててエヴァリスとセオリアを引き離すように腕を引く。セオリアは触るなと声をあげながらエヴァリスの腕をなおも掴んだ。護衛とセオリアに両腕を引かれ痛みを感じながらエヴァリスは困惑した顔のまま助けを求めて両親の顔を見た。しかし両親は妹のエルメルダにキスの雨を降らせ祝福を送ることに余念がなくエヴァリスに気づく様子は見られない。
「エヴァリス!!離…せってば。エヴァリス!!」
「セオリア…いかないで。」
暫くして集まってきた護衛によって正殿の外に引きずり出されたセオリア。その扉が無情にも音を立てて閉じられた瞬間エヴァリスの髪色が根元から順に漆黒の色に染まり始めた。エヴァリスははっとして振り返る。
その先にはキスの雨の中…妹のエルメルダがエヴァリスに向かって頬を染めながらニコリとほほ笑んでいた。エヴァリスは思った。この絶望を忘れることはこの先もないだろうと。
それは夢にまで見た憧れの日。そして…
エヴァリスが全てを失った日。