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呪いの愛

作者: 桜兎 緋紫

グゥ〜〜〜〜。

そんな間抜けな音が響き渡る中、罰当たりにも神社の境内にて横になりながら腹の音を鳴らせた張本人は今にも死にそうな表情を浮かべながらグッタリしていた。




「クッソ〜、腹減った……。

人間の体ってこんなに腹持ち悪かったか?

前の奴はもう少し持った気がしたが……。」




人間離れした白い髪に光を灯していない黒い瞳、かなり焼けている褐色肌だが側から見たら顔もスタイルも整っているのに時代遅れの濃い青色の甚平を纏っているからか少し異質にも見える青年が見た目に反して少し残念なようにお腹をさすりながら横たわっていた。


そんな青年は人間には明らかに生えていない犬のようだけれど狼に近い黒い耳にふさふさの黒い尻尾が生えていた。

その青年はご飯が出てくる訳でもない境内にて天井を見つめながらジッとしていた。




「……ハァ、クッソ〜〜。

腹減った……。」


———だけど、人間達と同じ生活なんて真っ平だ。

けどなぁ〜、此処に供えに来る奴なんてかれこれ200年近く見てねぇしなぁ〜。

人間達の間じゃ有名だと思ったんだが、もうそうじゃなくなったのかぁ?

人間の考える事なんて理解できねーし、別にしたくもねーけどなぁ〜。




ハァとため息を吐きながら青年はまた天井を見上げていた。

青年はかれこれ1000年近くこの境内に住んでいた。

時には人間を脅かし、時には供え物を食べ、時には人間を食らい……そんなこんなを続けている青年は明らかに人間ではない。

だから、人間達の考えとズレている為気づかないのだ。

その境内を崇拝する者はとうの昔に他界したと言う事に……。




「あー、クソッ。

人間達(あんなやつら)の元に働くくらいだったら死んだ方がマシだが、俺に死なんて概念はあんま当てになんねぇからなぁ〜。」


——どーしたもんかなぁ〜。




ハァとまたため息を吐きながらも青年は一向に起き上がらない。




「あー!!そんなとこでお昼寝したらバチが当たるんだよ〜!!」




突然大きな声に青年は肩をビクつかせ、咄嗟に耳と尻尾を隠しており、体を起き上がらせればそこにはこれまた今時時代遅れの巫女のような姿をしている小さな子供だった。




「んだよ、ガキか。」

「そこは神様が居るから人が無闇に入っちゃいけないんだよ!!」

「神なんか居る訳ねぇだろ、バーカ。」




青年がバカにしたように舌を出しながら言えば少女は怒りポカポカと青年を叩いていたが青年に効いた様子は全くなかった。




「グスッ、神様は、いるもん……!!」




青年が頑なに動かないのを見て少女はとうとう泣き出してしまい、流石に泣かれた事にギョッと驚き、どうしたらいいのか分からず食べれば泣き止むだろと口を大きく開けようとした瞬間、少女はぽつりぽつりと話し始めた。




「神様は、絶対にいるもん……!!

私が、神様なんて居ないって言ったから怒ってお母さんが死んじゃったんだ……!!

だから、絶対にいるもん!!

居るって、信じなきゃ……いけないの……!!」




「うわぁーー!!」と豪快に泣いている少女だったが青年は大きく開けた口を閉じ、黙って隣に座らせて泣き止むまでジッとしていた。



——神って奴が居るのならばつくづく理不尽だよな。

特定な奴にだけ幸運を運び、その他には不幸を運ぶ。

人間には、親ってのが居るんだな……。



頬杖をつきながらも青年は動かずに、けれど視線は泣きじゃくる少女に向けていた。

暫くすれば少女は落ち着きを取り戻し始め、涙が溢れなくなった頃には目が真っ赤に腫れながらも泣き止んでいた。




「なぁ、お前の親は女だけなのか?」

「?お父さんもいるよ?」

「男は生きてんのか?」

「うん。

お父さんは生きてるよ。

「んだよ。

両方死んでねぇならいいじゃねぇか。」


——何を大袈裟な……。

たかが女1人死んだくれぇでピーピー泣くとか、どんだけだよ。

人騒がせな人間だな。

……別に俺は騒いでねぇし人間でもねぇけどな。




「お兄さんは?」

「あ?」

「お兄さんはお父さんとお母さん、居る?」




五月蝿くした罰としてどうやって食ってやろうか考えている青年にまさか質問が来るとは思わず、青年は目を見開いて驚きながらも威嚇するように反復すれば少女は気にしてないように言葉を続けた。




「俺に居る訳ねぇだろ。

バカか、どう見ても人間じゃねぇだろ。」

「?人間じゃないの?」

「当たり前だろ。

ガキは目でも腐ってんのか?

此処に耳と尻尾が……。」



そう言って青年は頭を触ったがそこには本来ある筈の耳もなく、お尻を見ても尻尾は生えていなかった




「は……!?」


——な、なんで……!?

なんで消えてんだ……!?

!またアレか!



青年はこの現象に心当たりがあった。

青年はあまり他者と関わりを持たないが故に心が動く事があまりない。

それに従って、動揺すると青年は偶に耳や尻尾が消えたり違う物に化けたりする事がある。

それはまるで狐のように……。




——チッ、クソが……。

こうなっちまったら自然に戻るまで待つしかねぇな。

別に見られた所でどーでもいいけどよ。




「尻尾とかないよ……?」

「うるせー。

後で生えてくるんだよ。」




青年は説明がめんどくさくなり、起こした体をまた横にした。




「あ!また境内で眠ってる!!」

「お前も神社の境内で座ってるだろうが。

同罪だ、同罪。」




ふぁ〜と欠伸をする青年に対して少女はハッ!とした表情を見せ、自分も罰当たりな事をしている事に漸く気づき、焦った表情を見せた。




「……お兄さんは、神様怖くないの?」

「神なんか居る訳ねぇだろ。」

「もしもだよ!

もしも、本当に神様が居たら……。」

「居たとしても、俺は別に弱くねぇから負けねぇ。」

「お兄さん、強いの?」

「そこら辺の奴等よりはな。」




その言葉に少女は表情をキラキラとさせた事に青年はドン引きしていた。



——なんでコイツ、こんな表情キラキラさせてんだ?

……なんか、いやな予感しかしねぇ……。


「お兄さん!私に戦い方を教えて!」



純真無垢と言う言葉が当てはまる程、キラキラとさせた表情のまま言った少女の言葉に青年は予感が的中したと言わんばかりに嫌そうな表情を見せていた




「なんで。」

「私、強くなりたいの!

あのね、私、陰陽師の家系なんだけど、妖とか全然祓えないくらい弱くて……。

だから、強くなりたいの!!」




その言葉に青年はピクリ動きを止めた




——今、コイツ……。

陰陽師って言ったか……?



少女は嬉しそうに自分の事を語っているが青年の耳には何も入っておらず、嫌悪を抱いている眼差しを少女に向けていた。


何を隠そう、陰陽師とは今の世界でこそ人口は少なくなっていたがその昔は大勢おり、その者達は妖達を無慈悲に狩っていった。

そして、青年は狩られる側……妖側の存在だ。


その者が陰陽師を憎むのは自然だった。



——陰陽師がノコノコと、よく俺の前に姿を現せたな。

此奴を真っ先に食ってやる……!!



青年は口を大きく開けたが直ぐに辞めた。



——いや、待てよ。

此奴を此処で消すのは容易いが、此奴には親族が居る。

其奴も恐らく陰陽師だ。

ならば、此奴を利用して陰陽師共を全員を誘き出した後に一網打尽だ……!!

楽しみにしていろよ……!!


「いいぜ、教えてやるよ」




青年はペロリと舌舐めずりをしながら笑っていながら悪巧みを考えるのに対して少女は嬉しそうにな表情を浮かべながら勢いよくお礼を言った。




「ありがとう!お兄さん!!」




笑顔を浮かべながらお礼を言う少女に青年は少し拍子抜けに思いながらも、「どうせ、コイツも……」と考えるのを辞めた。




「そう言えば、お兄さんはなんて名前なの?」

「あ?ナマエ?」




——ナマエって……なんだ?




少女の聞き馴染みのない言葉に青年は復唱しながらも頭をかしげていた。




「んだ、そりゃ。」

「え!?お兄さんはお名前ないの!?」

「じゃあ、テメェにはあんのかよ。」

「あるよ!私は華菜って言うの!土御門(つちみかど) 華菜(かな)!」

「ふーん」



——成る程な。

要は呼称みたいなもんか。




「お兄さんのお名前がないなら私が付けてあげる!」

「あ!?要らねえよ!んなもん。」

「じゃあ、お兄さんは今日から音央(ねお)ね!」

「要らねえって言ってるだろ!」




怒鳴り散らしている青年の言葉を無視して少女は楽しそうにしており、否定するのがめんどくさくなったのか、最後には「好きにしろ」と言いながらため息を吐いた。




「よろしくね!音央!!」




その言葉に青年は何も言わなかった。










それから華菜は毎日この神社へ訪れた。

青年は自分の知っている陰陽師達が使っていた技を見様見真似で華菜に教えていた。

華菜は物覚えがよく、最初は弱くて何も出来ていなかったが、青年の教えだけで数年経てばかなり強くなり、青年でも手に負えるか分からない程の強さへとなっていた。



「なぁ、お前。

強くなってどうすんだ?」

「そりゃ、妖を祓うんだよ!

音央も陰陽師なんだから、妖とかを祓ってるんでしょ?」




数年経ったある日、稽古の途中でふと青年の疑問を聞き、華菜は当たり前のように答えた。

しかし、青年は陰陽師ではなく、そもそも人間ですらない。

だから、華菜の言う事が理解できなかった。




「なんで妖を祓いたいんだよ。

其奴等が悪さでもしてんのか?」

「それはそうだよ!

だって、皆んな言ってるよ!」

「じゃあ、お前は見たのか?」

「え?それは…見てないけど……。」

「見てないのにお前は決めつけんのか?

妖の気持ちを少しは考えた事あんのか?」



幼子だったら直ぐにでも泣き出しそうな勢いで青年は華菜に責め立てるように言葉を続けた。

まるで、自分がされてきた事を言うかのように……。

しかし、華菜は泣かなかった。

数年とは言え、華菜はまだ子どもだが大きくなり、成長したのだ。




「……そう、だね。

確かに、音央の言う通りだよ。

お父さんや周りの人達が言う事に納得しちゃってた。


そうだよね……。

妖にも大切な人が居るんだよね。

もし、その人を守る為に悪さをしていたんだったら、それは私達人間が悪さをするまで追い詰められてたって事だよね……。」




華菜の言葉に青年は目を見開いた。



——な、に言ってんだ、コイツ……。




「……うん。

私、妖を祓う為に強くなるの辞める!」




勢いよく宣言する華菜に青年は何がなんだか分からずに頭がこんがらがりながらも華菜は青年の事を置いていくように宣言した。




「今日から私はみんなを守れるように強くなるよ!!

きっと、妖は私達が怖いんだ!

だから、私が妖と人間を繋ぐ人になる!


元々、陰陽師は妖を祓うんじゃなくて、妖と人間の仲を取り持つ為に居るんだよね!

音央はそう言う陰陽師なんでしょ!」




ニコッと元気に笑う華菜に対して青年はなんとも言えない気持ちになった。




——バカかよ、コイツ……。

知らねぇのか?

そんな事、実現出来た人間なんて俺の知ってる限り居ねえ。

それがどれほど途方もない事で、どれだけ後ろ指を刺されるのか知らねえんだ。

きっと、俺の正体を知ればコイツは俺を殺すだろう。

他の奴等からも殺せと言われる筈だ。

そんな中で俺を殺さないなんてコイツにはきっと出来ない。

人間なんて、皆同じだ。

自分の保身しか考えてない奴ばっかりだ。

反吐がでる。



青年は心の中で悪態をつきながらも華菜がもし、そんな陰陽師になれれば俺みたいな奴は2度と生まれないのかもしれないなと心の何処かで希望に近いものを抱いていた。



そこからも青年は自分の正体を明かさずに華菜の稽古に付き合っていた。

青年にとっては短い月日、華菜にとっては長い月日を共にしていた。

次第に青年は華菜と過ごす時間が楽しみになり、それは空腹を忘れる程のものだった。






月日が経ち、華菜が18歳になる頃に突然青年の元にある男性が訪れた。




「お前だな。

近頃華菜と一緒に居るとは……。」

「だったらなんだ。

テメェは華菜のなんなんだ。」

「私は華菜の父親だ。」




——!コイツが華菜の……?




「で?親が態々こんな所になんのようだ。」

「華菜を強くしているからどんな者かと思えば、まさか妖とはな……!

しかも呪いの権化である“犬神”とは、華菜の目は鈍ったものだ。

こんな妖気丸出しの者に気付かぬとは……。」

「あ゛?彼奴はもうそこら辺の奴よりは十分強いだろうが。

親の癖に華菜の事を卑下にするとか舐めてんな。

で、なんだよ。

俺を殺しにでも来たのか?

テメェの娘を強くしてやった俺に礼をするなら兎も角、殺すのはお門違いにも程があんだろ。」

「嘘を吐くな。

どうせ華菜を利用して殺す事でも考えてたんだろ。」




男の睨みつけられる視線に青年はペッと唾を吐いてニタリと笑った




「せ〜か〜い。

俺は人間が大っ嫌いだが、特に陰陽師が1番嫌いだ。」

「言われなくとも、私もお前達妖が1番嫌いだ。

平気で悪さをし、あまつさえ人の命を簡単に奪う者など、みすみす放ってはおけん!」

「はっ!よく言うぜ!!

知ってたか!?

俺達が悪さをすんのは大抵お前達が先に何かをしてんだよ!!

それなのに、俺達がやり返せば被害者ぶりやがって……。

本当に、人間ってのは反吐が出る。」

「ゲスが……!!」

「ゲス以下の人間風情がよ!!」




男は青筋をピキピキと立てながら星の形を書けば青年はピタリと動きを止めた。

それは金縛りにでもあったの如く、青年は動かなかった。




「吐いた唾は戻らない。

ましてや、神社に唾を吐くなど、罰当たりが。」

「神様ってのが居るかも分かんねぇのに罰もクソもねーだろうが!!」



青年は直ぐに動き出し、男に向かって拳を振り翳した。






青年と男の攻防戦が続く中、男がついに倒れその上に青年が馬乗りになり、今にも犬のような狐のような顔に変わっている大きな口でくらいつきそうだった。


その姿は正に妖そのものだった。



「クソが……!!

そうやって、人の命を食い物にしてきたのだろう……!

俺達の事など考えもせずに!!」

「じゃあ!テメェは俺達の事を考えた事あんのかよ!!

ただ少しやり返しただけで悪者にされる俺達の事をよ!!」

「お前達は度を越してんだよ!」

「そうやって俺達を悪者に仕立て上げる奴にもう何も言わねえよ。

俺の中に宿る魂達もお前達の懺悔より、血肉がいいって言ってるからよ!!」




妖は口を開けて食らいつこうとしたが、遠くから「待って!!」と言う言葉に妖は動きを止めた。

視線だけを動かせばそこには華菜の姿があった。




「!華菜、何故此処に……!!」

「お父さんの言葉に納得出来ないからだよ!

いきなり帰ってきたかと思えば突然音央と会うなって……。

今まで私達の事をほっといたのにそんな事を言われて理由もなく納得なんか出来る訳ない!!」

「だが、此奴は人間じゃない。

妖なんだ!!

忘れたのか!?

お前の母さんを殺したのも、此奴と同じ妖なんだぞ!!」



——!華菜の母親は妖に殺されたのか……?


華菜の父親の言葉に妖はピクリの動きを止めれば華菜は拳を握りしめながらも衝撃の事実を叫んでいた。




「そんなの知ってるよ!!

お母さんが妖に殺されたのも、音央が……本当は人間じゃない事くらい……。

知ってたよ。」



真っ直ぐに言い放つ華菜の言葉に妖は居た堪れなくなり、男から飛び退いて境内の中に隠れた。




「!彼奴……!!

よりによって境内に……!!」

「お父さん、お願い。

此処から先は1人で行かせて。」

「!しかし……!!彼奴はとても凶暴で……。」

「もし、悪い妖なら私が祓う。

誰かに祓われるくらいなら、私がやる。」




その言葉に男は何も言わず、華菜はスタスタと歩き、境内の中に入っていった。


境内の中には先程まで凶悪のような顔だった姿はそこには無く、ボロボロで血が流れながらも何時も見ていた青年の姿がそこにはあった。




「音央……。」

「……悪かったな。

お前を騙して、利用した。

こう言う男なんだよ、俺は。

お前の親父の言う通り、俺は悪なのかもな。」




青年は言い訳をしなかった。

座ったまま、華菜に淡々とそう言った。

そう言えば、きっと華菜は自分に幻滅して殺すと思ったからだ。



——なんだか、もう疲れたな。

人間を憎むのも、憎いのにお前の事を考えると心がくすぐったくなるのも……。

なら、せめて……お前が俺を殺せよ。

陰陽師の血を引いてるお前なら俺を確実に殺せる。

そうすりゃもう、未練はねぇよ。



目を閉じた青年だったが、青年には痛みが襲われず、痛みよりも温もりが体を覆った。

青年は驚いて目を開けたが、視界に映ったのは華菜が青年に抱きついている姿だった。



「お前、何をして……。」

「知ってたよ。

私を利用しようとしてたのは……。

でも、音央は本気で私を強くしてくれた。

音央は私の嫌がる事は何1つしなかった。

お父さんが居なくて、兄弟の中で誰よりも弱くて、お母さんが死んでから誰にも頼る事が出来なくて、居場所が無かった私に居場所を与えてくれたのは他でもない、音央なんだよ……!!


音央は妖の事を悪く言われるとまるで自分の事を言われるかのように怒って、私達の事を親の仇でも見るかのような目が最初は怖かった。

でも、音央と一緒に居るようになって思ったの。

音央も私達と同じ生き物で、私達と同じように色んな事を考えてる。

作法とかも私はお母さんが教えてくれたから出来た事。

でも、音央には教えてくれる人が居なかった。

だから礼儀も作法も分かんない。

私と同じで音央が居なかったらきっとあの家での居場所が私にはなかった。


だから、ちゃんと聞きたいの!

音央の口から、音央の事、どうして人間が憎いのか……。

知りたいの!!

私は、貴方の事が大好きだから!!」




泣きながら、悲痛にも似た叫びをする華菜に青年は柔らかく笑いかけた。



——んだよ、それ……。




そこから青年は姿を変えた。

体が大きく、狐や狼に似た容姿だがとても可愛くもカッコいいとも言えない、醜いと言う言葉が当てはまるような真っ黒い妖がそこには居た。




「コレが俺だ。

人間の姿は亡骸に憑いてただけだ。

本当の俺は人間を食う化け物だ。」

「……うん。

どうして、人間を食べるの?」

「人間が美味そうだからだ。」




ニタリと言う言葉が似合う様な笑みを浮かべる妖に華菜はため息を吐いた。




「嘘ばっかり。」

「あ゛!」

「知ってるよ。

音央は嘘を吐く時、よく笑うの。」

「……チッ」




妖は観念したかのように座ってポツリポツリと自分の事を話し始めた。

華菜は話す妖に寄り添うように隣に座って話を聞いていた。




「大昔に飢餓状態の犬の首を打ち落とし、その首を道に埋め、人間共がその道を行き来する事で怨念の増した霊を呪物として使う方法があったんだ。」




か細い声で喋る妖の言葉に華菜は驚いた表情を見せたが、妖は言葉を続けた。




「その程度で何を驚いてんだ。

他にもその手のやつはいくらでもあった。

元は蠱毒と呼ばれる物に近いものだ。」

「蠱毒……?」

「蠱術とも呼ばれているらしい。

壺かなんかに式神を大量に入れて殺し合わせて、生き残った1匹を使役する手法だ。」

「!でも、それは平安時代に禁止令が出たんじゃ……」

「あぁ、陰陽師の中ではな。

だが、民間に何処からか漏れちまって、見様見真似で人間共がやっちまったのさ。」



脳裏には多くの犬の亡骸や平然と歩く人間達が浮かび、妖は大きな拳を握りしめた。




「その所為で多くの犬が犠牲になり、怨念が募りに募った。

その怨念で出来たのが、俺なんだ。」

「……そうだったんだ。」

「頭の中には無惨に殺された動物達の声が聞こえてくる。

亡骸がずっと脳裏を掠める。

だから、胸糞悪いんだ。

平然と人間以外のものを殺して生きている人間達も、その元凶を作った陰陽師も……。

全部、嫌いだ。」

「……だから、殺したんだね。」

「あぁ……。」




華菜はなんて言葉をかければいいのか分からずに黙っていたが、妖はそのまま言葉を続けた。




「だが、不思議なんだ。

人間は憎くて嫌いな存在なのに、お前を見ていると心がくすぐったくて仕方ねぇ。

あの男は嫌いだが、お前は殺したくない。

お前を強くするメリットは途中から俺には存在しなかった。

なのに、お前が頑張る姿を見るのは意外と悪くなかった」




妖はこの気持ちをなんて言うのか分からず、モヤモヤだけが心の中を支配していた。

だが、そのモヤモヤは決して心が苦しいものではなく、寧ろどこか安心するような暖かさがあった。




「……何故だろうな。」

「私も、不思議なの。

音央は人を殺してるのに怖くないの。

寧ろ、安心するの。」

「……ハハッ、何故だろうな。」

「何故だろうね。」




2人で寄り添いながら少しの沈黙が流れたが、先程の気まずい沈黙ではなく、穏やかな沈黙が流れていた。




「ねぇ、音央。

本当は違う呼ばれ方があるんでしょ?」

「ハッ、ねぇよ。

ナマエなんてのは俺には無かった。

妖としての呼ばれ方はあっても、それは俺のナマエじゃねぇ。

俺に着いた最初の名は音央だけだ」

「!音央……。」




妖は力が抜けたかのようにグッタリとしながら、華菜に寄りかかっていた。




「!音央……!!」

「ハッ、大袈裟な……。

少し、疲れただけだ……。」




妖はそう言いながらも言葉には覇気を感じられず、何処か弱々しく聞こえ、華菜は涙を堪えながら妖を見ていた。




「ヤダよ……死んじゃ嫌だよ!!

生きてよ!!

まだ、音央と一緒に居たいよ!!」

「バーカ、お前みたいな弱い奴残して死ぬかよ。

……なぁ、お前は俺のこの姿が怖いか?

呪いの塊である俺が怖いか?」

「怖い訳ない!!

私は音央が大好きだよ!!」

「ハッ、そうかよ。

案外、物好きってのは居るらしいな。」




妖の声はだんだんか細くなっていった。




「待ってて!今直ぐ治療するから!」

「いや、いらねー。

俺は死なねえよ。

少しの間、眠るだけだ。」

「!少しって、どのくらい……?」

「さぁ……100年か200年か……。

そんくらい寝れば怪我は治る。」

「100年って……私はそこまで生きられないよ。」




華菜は弱っている妖を見ながらクスリと少しでも空気を明るくする為に笑みを浮かべた。




「人間ってのは寿命が短えな。

……もし、次に目覚めた時……。

その時は俺に教えてくれよ。」

「?何を?」

「好きって感情を……。」



遠くを見つめながら呟く妖に対して華菜は目を見開いた。



「今まで戦いのイロハを教えてやったんだ。

今度はお前が教えてくれたっていいだろ?」

「勿論、教えるよ……!

だから、ちゃんと……私が生きてる間に会いに来て……!!」

「あぁ……。

少しの間、回復する為に眠るだけだ。

必ず会いに行く。」



「じゃあな、華菜。」と最後にそう呟いた妖は華菜の頭を撫でた後、姿を消した。




「っ……最後に初めて名前を呼ぶなんて、狡いよ……音央……。」




思い出の詰まった境内の中で華菜は声を上げながら気が済むまで泣いた。










アレから数年経ち、華菜はお見合いの話が回ってきても全て断っていた。

そして、毎朝の習慣として毎日神社へお参りに来ていた。

妖との沢山の思い出が詰まった神社へ、毎日……。




「神なんていねぇのに毎日お祈りとは、随分暇なのか物好きか……。」



上から聞こえた懐かしい声に華菜は勢いよく振り向いた。

そこには木の上に登っている見覚えのある青年の姿があった。

その青年を見て、華菜は涙を流した。




「遅いよ……どれだけ待ったも思ってるの?」

「コレでもかなり急いだんだよ。」




木の上から降りてきた青年に華菜は勢いよく抱きついた。






「お帰り、音央!!」

「……ただいま、華菜。」



音央は抱きつかれた華菜をぶっきらぼうに抱きしめ返した。





コレは、人間と呪いの塊である妖の物語。

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