妖精のイタズラ
クライヴによると、私は木の間をくぐった瞬間に消えたらしい。
そして、振り向いたらそこに私がいた、ということだ。
私が出現した場所には、私がくぐった木と同様に、根元から二つに分かれているような形状の木があった。
おそらく、ここから出てきたのだろう。
「光が見えて、声が聞こえた……か。お前には神の加護があるのかもしれないな」
「妖精ではなく、神ですか?」
クライヴの話によると、妖精は神の使いとも言われているとのことだった。
妖精は見えないけれども至る所に存在し、我々のことを見ているらしい。
そして、我々の行動は妖精を通して神に伝えられる。
ーーー誰も見ていないからと、悪いことをしてはいけない。その悪事は妖精が見ている。
誰も見ていなくても、良い行いはした方が良い。その善行は妖精が見ているーーー
まぁ、簡単に言うとそんな感じの宗教が主流だということだった。
八百万の神や、お天道様が見ている、というような感覚に近いのかもしれない。
「じゃぁ、私は妖精さんのおかげで命拾いをしたってことですね。妖精さん、ありがとうございます」
もしかしたら近くに妖精がいるかもしれないと思い、お礼を言う。
「すまなかった」
「え?何がですか?」
見ると、クライヴは心から申し訳なさそうな顔をしていた。
「この森は魔物が多いとわかっていて、油断した。危険な目に合わせて申し訳ない」
「クライヴのせいじゃないです。むしろ、足手まといでごめんなさい。怖いので、できるだけクライヴの近くにいるようにしますね」
そう。クライヴのせいではない。
油断したのは私の方だ。
自分の身は自分で守るのが鉄則だろう。
その後、私達はたき木を焚いて、野営の準備をした。
クライヴは今日仕留めた魔物の肉全てに串を通し、火の傍の地面に刺していく。
保存食にするのだろう。
「どの魔物の肉が好きだ?」
「魔物は食べたことがないのでわかりません」
「お前の世界では魔物は食べないのか?」
「いえ。そもそも、魔物がいません」
それを聞いたクライヴは驚いたような顔をした。
「お前、魔物を初めて見たのか?」
「そうですけど……そんなに驚くことですか?」
「いや、お前の世界にも魔物はいるものだと思っていた。普通、初めて魔物を見たらもっと驚いたり、怖がったりするだろう」
確かに。普通はもっと怖がるのだろう。
だが、一瞬でクライヴが倒していくから、その剣技に圧倒されて、怖がる暇がなかったのだ。
それに、異世界=魔法と魔物の世界、と思っていたので、むしろ魔物に出会えて感動していた。
「あ、でも、似たような動物はいますよ。さっきの魔物は私の世界の熊に似ています」
「それはそうだ。魔物は野生の動物が魔素によって変化したものだからな」
「魔素?」
「悪い気のようなものだ」
ということは、魔物の肉はジビエのようなものということか。
「であれば、どの肉も好きです。じゃぁ、とりあえず、ウサギと熊でお願いします」
「はははっ。好き嫌いが無いのはいいことだ。わかった。とりあえず、今日はウサギと熊だな」
突然の笑顔に驚いた。
少年のような、屈託のない可愛い笑顔だった。
「そんな顔、するんですね」
「ん?あぁ、そういえば久しぶりに笑ったかもしれない。そもそも、まともに人と話すのが7年ぶりだからな」
7年間、この人は、本当に誰とも関わらず、1人であの小屋で過ごしてきたのだ。
寂しくなかったのだろうか。
そう思いながら、肉を焼くクライヴの横顔を見ていたら、少し恥ずかしそうな表情をした。
「正直、お前が来て、少し嬉しく思っている自分がいる。違う世界の人なら、俺を捕まえに来たはずがないからな」
「捕まえに……?」
「……余計なことを言った。長らく人と会話していなかったからか、気を抜くと口が滑る」
そう言うと、また無表情に戻ってしまった。
残念だが、まだ出会って数日だ。
これから少しずつ信頼関係を築いていけば、いつか話してくれるだろう。
それに、話したくないことを無理に話す必要はない。
気まずい空気が流れたので、話題を変える。
「ちなみに、魔物がいるってことは、魔法もあるんですか?」
「あぁ。使える者はもうほとんどいないがな」
クライヴによると、魔法文化は随分前に廃れたらしい。
魔法は才能のある人物しか使えない。
火を起こすならマッチを使えばいいし、水が必要なら井戸からくめばいい。
才能ある人物に多額のお金を払って依頼するよりも、自分で解決することを人々は選んだ。
魔法は主に戦争などで活躍した。
しかし、誰でも使える銃火器が登場してから、完全にその存在意義は無くなる。
戦争にて厄介な存在である魔法使いが、優先的に敵の標的なったことも廃れた理由の一つだろう。
才能がある人物しか使えない魔法よりも、誰でも使える科学の力、ということなのかもしれない。
「勿体ない……。才能がある人はもういないんですか?」
「いたとしても、気が付かないだろうな。魔法は練習しないと使えないんだ」
残念!本当に残念だ!
実は少し期待していた。
「ファイヤー」とか言って、火を出したかった。
なんなら、魔法の才能がめっちゃある、チートというやつを期待していた。
「まぁ、どこかの貴族が裏で魔法使いを雇っているとか、きな臭い噂はいくらでもあるがな」
裏社会にはまだ魔法が存在しているかもしれない、ということか……
少し期待しておこう、と思いながら、肉が焼けるのを待った。