買い物へ
クライヴが桶に入った水とタオルを用意してくれた。
できればお風呂に入りたいが、そういった文化はないのだろう。
「寝る前にこれで体を拭くといい。俺は向こうの部屋にいる」
「ありがとうございます。終わったら声をかけますね」
丁寧に体を拭き、最後に足の裏を見た……真っ黒だ。
ずっと裸足だもんなぁ。
せめて、普通の服に靴を履いていればよかったのだが、今の姿はパジャマに裸足だ。
ため息を付きながら、足の裏も丁寧に拭った。
「終わりました。ありがとうございます」
「あぁ。そこに置いておいてくれ。明日は買い物に行こう」
「買い物ですか?」
「その服のままはまずいだろう。靴も必要だろうしな」
買い物ができるのはありがたい。
服も、靴ももちろん欲しいが、何よりこちらの世界の店の感じや、物の相場を知っておきたい。
「でも、お金が……」
「いつか返してくれればいい」
そう言いつつも、私にいくら使ったかなんて、記録しておくつもりはないのだろう。
私がしっかり記憶しておこう、と心に決める。
「明日までまでに、お前でも使えそうな靴と上着を用意しておく」
それだけ言うとクライヴはまた床に座って寝始めた。
寝室の問題も早々に解決する必要がありそうだ。
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次の日、足首のところで紐を絞ってサイズを合わせるような形状の靴と、フード付きのカッパのような形の上着を用意してもらった。
確かに、これなら男性サイズでも使えそうだ。
「買い物をする場所へはどのくらいかかるんですか?」
ここは森の中だし、2、3時間はかかりそうだと思いながら聞いてみる。
「お前の体力次第ではあるが、2、3日ってとこだな」
「2、3日!?」
予想外の答えに驚愕する。
この家はそんなに人里離れたところにあるのか。
「無理せず、休憩を挟みながら進むから安心しろ」
安心しろと言われても、平日はデスクワーク、休日は家で過ごすことがほとんどだった私の体力がもつとは思えない。
「体力に自信が無いです……私は家で待っているのはどうでしょう?」
「ダメだ。ほら、行くぞ」
クライヴは大きな荷物を背負って家を出ようとする
「ちょっと待ってください!行くならその荷物、半分は持ちます」
「鞄は1つしかない。何より体力に自信が無いやつが余計な心配をするな」
一瞥もくれずに歩みを進めるクライヴに、私は慌ててついて行くことしかできなかった。
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どうやら、今向かっているのは市場のような場所らしい。
市場に着くまでの間に、お金の数え方や大体の相場を教えてもらう。
クライヴは半年に1度くらいの頻度で市場へ行き、塩や胡椒、日用品など、自分では作れないものを買っているとのことだった。
「育てている作物を売ったりはするんですか?」
「いや、売ることはしない。買うだけだ」
あの家に7年住んでいると言ってきた。
その間、お金はどうしていたのだろうか?
何か仕事をしているのだろうか?
「まとまった金があるから、それを切り崩して生活している」
私の疑問を察したのか、質問する前に答えてくれた。
ほとんど自給自足だから、問題ないのだろうか?
それにしても、7年も暮らせる、そして私がお世話になることも厭わない程のお金がある、というのは凄いことなのではないだろうか?
「仕事はしないんですか?」
「しない。いや、できないと言った方が正しいな」
「できないって、どういうことですか?」
私の質問には答えてくれなかった。
短い期間だが、一緒にいてわかったことがある。
クライヴは、嘘をつかない。
言いたくないことは、取り繕わずに沈黙で返す。
何かしら事情があって、仕事ができない状態なのだろうか?
気にはなるが、いくら聞いても、話してはくれないだろう。
いつか、事情を話してもらえるくらい、気の置けない仲になれるといいな、と思う。