愛情
「謁見室へどうぞ」
呼ばれて謁見室へと移動する。
謁見室までの廊下には、相変わらず高そうな彫刻や壺などが飾られていた。
部屋に入り、国王の前で跪く。
アラステア皇太子が前に、その後ろに私とブレンが控えている状態だ。
「おもてをあげよ」
顔を上げる。
横を見ると、ブレンは顔を下げたままだった。
「エリノア王国での留学について、報告させていただきます」
アラステア皇太子が一歩前に出て、報告し始める。
国王は聞いているのか、聞いていないのか、よく分からない顔で椅子に座っていた。
「ブレンダン……か?」
アラステア皇太子の説明中に突然、国王が立ち上がり、口を開いた。
名前を呼ばれてもなお、ブレンは顔を伏せ続けている。
「ブレンダンなんだな……」
国王はそれだけ言うと、再び椅子に座り、両手で顔を覆った。
沈黙が流れる。
誰も、一言も発さなかった。
いや、発せなかったというのが正しい。
この雰囲気をどうすればいいのかわからず、アラステア皇太子の方を見ると、アラステア皇太子も困った顔をしていた。
「……帰る」
ブレンは一言そう言うと、踵を返して扉の方へと歩き出した。
「ちょっと、待って!ブレン、落ち着いて」
「離してよ!もう会ったんだから、お姉さんとの約束は果たしたよ?」
「そうだけど、でも!」
帰ろうとするブレンを必死に止めようとするが、ブレンの歩みは止まらない。
もう少しで扉に到達するという瞬間、国王が再び立ち上がった。
「すまなかった」
その言葉を聞いて、ブレンは振り返り、国王を睨みつける。
「何に対して謝っているんですか?」
「全て、だ」
「全て?よくわからないですね。謝って何になると言うんです?だいたい、僕は死んだということでいいって言ったらしいじゃないですか。死んでもいいと思っている存在に謝るっておかしいですよね」
ブレンは泣いていた。
自分でも泣いていることに気がついていなかったのだろう。
頬が濡れていることに驚いていた。
自分が泣いていると気がついてからはどんどん感情が抑えられなくなっていき、嗚咽が漏れ始めた。
ブレンの嗚咽が静かな部屋に鳴り響いている。
「……死んだことにしておいた方が、エリノア王国で自由に生きられると思ったのだ。許す必要は無い。本当にすまなかった」
ブレンは信じられないという目で国王を見続けている。
アラステア皇太子も同様に驚いているようだった。
「お前が生きていると知った時、会いたいと思ったが、同時に、そんな事を言える資格はないとも思った。会えるとは思っていなかった。来てくれてありがとう」
国王は、深々と頭を下げた。
「そんな、今更そんなことを言われても!」
「わかっている。先程も言ったが、許す必要はない」
「アルのことはどうなんですか!自分の好きな食べ物もわからない、無個性な人間に育てて、どうするつもりなんですか!!」
「それも、わかっている。だが、一国の王になるということは、そういうことなのだ。好きな食べ物があれば、その食べ物に毒を盛られるやもしれぬ。好きなことがあれば、そこにつけ込まれるやもしれぬ。そういう危険は排除せねばならない。申し訳ないが、それは致し方ないのだ」
そうだ、感じていた違和感はこれだったのだ。
アラステア皇太子を見た時に、ブレンほど追い詰められていると感じなかった。
確かに、好きな食べ物がわからなかったり、個性が失われていると感じる部分はあるが、ブレンほど心が壊れているとは思わなかったのだ。
ブレンが死んだと思った時に、国王は国王なりに思うところがあり、善処したのかもしれない。
ブレンは釈然としない顔をしながら泣き続けていた。
「時間です。次の面会時間が迫っています」
係の人の声に、国王はわかっている、というように手を挙げて合図をした。
「嫌でなければ、夕飯を共に取ろう。帰ってもらっても構わない。どうするかは任せる。会えてよかった」
それだけ言うと、国王は再度手を挙げて合図をした。
係の人がやってきて、帰るように促してくる。
ブレンは何か言いたげだったが、案内に従い部屋を後にした。
ーーーー
「ブレン、大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
声も出さずに泣き続けているブレンを思わず抱きしめると、堰を切ったように声を出して泣き始めた。
まるで子供のように泣き続けるブレンをギュッと抱きしめる。
横を見ると、アラステア皇太子も静かに泣いていた。
1時間ほど経っただろうか?
ブレンはおもむろに私から離れると、両手で頬を叩いた。
「よし!お姉さん、エリノア王国に行く準備はできてる?」
「できてるけど……どうして?」
「今から帰ろう!」
ニッコリと笑って言うブレンに、慌ててアラステア皇太子が止めに入る。
「兄様、せめて夕飯はこちらで食べてください!父上も一緒に食べようと言っていたではないですか!」
「嫌だね!!あの人にはもっと後悔してもらわないと。僕に会いたかったら、エリノア王国に来いって伝えといて!」
「ええ!?俺が伝えるんですか!?」
「アルが伝えなきゃ、誰が伝えるのさ!あ、余命3ヶ月っていうのも伝えておいてね!さぁ、お姉さん、行くよ!!」
ブレンが私の腕を引きながら、外へと向かう。
ちょっと意地悪そうに笑うブレンの顔を見て、無理矢理にでも連れてきてよかったと心から思った。
クローゼットが結んだ様々な縁。
あの日、この世界に転移してよかったと心から思っている。
これからは、病の人々の治療に役立てるよう、研究に協力する日々が始まる。
全て解決したら、またこの国で裏方業務に邁進するのもいいだろう。
私の異世界ライフはこれからが本番だ!
この話で完結です。
これまで読んでくださった方々、誠にありがとうございました。
これからも細々と執筆活動は続けていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。




