元の世界に帰ろう
結論から言うと、元の世界に帰ることはできなかった。
普通にクローゼットに入ってもダメ。
クライヴに頼んであの日の流れを再現してみてもダメ。
昨日と同じ時刻にクローゼットへ入ってみてもダメ。
色々と試してみたが、全て徒労に終わった。
「もう夜も遅いですし、明日また試してみようと思います」
少し明るい声を出し、落ち込んでいない雰囲気を出してみる。
そんな私を、クライヴは憐れむような、なんとも言えない表情で見てきた。
「…………残念だが、諦めることも必要だと思う」
「あーー……。まぁ、そうですよねーー」
クライヴに言われなくてもわかっている。
思いつく限りの方法は試したのだ。
これでダメなら、明日また試しても、きっとダメだろう。
「泣かないんだな」
泣く?なぜ?
クライヴに言われて気がついた。
これから先の生活を考えると、不安ではある。
でも、そんなに悲しくはないのだ。
「クライヴは、違う世界に転移してしまったら泣きますか?」
「泣かないだろうな。俺がいなくなって困る人もいない」
クライヴは、余計なことを言ってしまった、というような表情をした後に、顔を背けた。
話はこれで終わり、と言わんばかりにキッチンへと向かって歩き始める。
「私が作りますよ」
クライヴに続いてキッチンへと向かい、腕をまくりながら野菜に手を伸ばす私を、怪訝そうにクライヴが見てくる。
「私のいた世界には、働かざる者食うべからず、という言葉があります」
ちょっとおどけて言ってみる。
だが、笑うでもなく、怪訝な顔でこちらを見続けるクライヴに、少し腹が立った。
「……私の料理の腕を信用出来ないんですか?」
「いや。あぁ、すまない。では、夕飯はお前に任せよう」
正直に言うと、自信はない。
料理は普通にできるが、いつもは醤油や顆粒だしなどの調味料にお世話になっている。
とりあえず、塩、胡椒でシンプルに味付けをした炒め物を作って食卓に並べた。
「悪くは、ない」
無表情で、慎重に、ゆっくりと食べ進めるクライヴを睨みつけてみる。
どう見ても「悪くない」と思っている表情ではない。
「すまない。失礼だったな。美味しい」
「嘘をつく必要は無いです」
「いや、他人が作った料理を食べるのが久しぶりで、うまく表現できなかっただけだ」
「いや、本当に美味しかったら、そんな嫌そうな表情にはならないと思いますが……」
クライヴは眉間に皺を寄せながら、私の顔をしばらく見つめた後、スプーンを置き、ゆっくりと口を開いた。
「昔、料理に一服盛られた事がある。それ以来、他人が作った料理を食べる時は、どうも慎重になってしまう」
申し訳なさそうに話すクライヴを見て、慌てて口を開いた。
「嫌なことを思い出させてしまってごめんなさい。そんな事情があったとは知らず、余計なことをしました」
「お前が気にすることではない。それに、本当に美味しいんだ」
クライヴは少し微笑みながら、スプーンを手に取り食事を再開した。
「笑った……」
また怪訝そうな顔をするクライヴに、慌てて伝える。
「あぁ、すみません。出会ってからずっと無表情だったので、ちょっとびっくりして。」
「そうか……」
その後は無言ではあったものの、和やかに夕食を終えた。
転移した時の状況を再現するためにクズの彼氏役をやらされるクライヴ……