感情
やられた......。
嫌な予感は的中した。
やはり良い案がない状態でブレンに会うのはマズかった。
とりあえず倫理観に訴えてみて、ダメなら別の方法を、と考えていたが、そんな甘くはなかったのだ。
「彼女は、暴走してしまったんだ。今は睡眠薬で眠らせている。寝たきりだけれど、アルも彼女に会ってくれるかな?」
「もちろんです。兄様にとって大切な人なら、俺にとっても大切な人ですから」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
これ以上、ブレンに喋らせてはダメだ。
何か別の話題にもっていかなければはらない。
そう思うが、自然に話の流れを変えるいい案が浮かばない。
「ねぇ、クライヴには大切な人はいる?」
「はい。妹がいます。もう、何年も会っていませんが......」
「そっか。じゃぁ、この留学が終わったら会いに行きなよ。大切な人がいつまでも元気でいてくれる保証なんてないんだから。ねぇ。もしもだよ?もしも、その大切な妹が病気になったらどうする?」
「そりゃ、治すために全力を尽くしますが......」
「うん。そうだよね。その気持ち、凄くわかる」
ブレンはクライヴに向かって深く頷いた後、私の方を見た。
「お姉さんには......聞かなくてももう、僕の言いたい事はわかっているよね」
ブレンは最後にまたアラステア皇太子の方を見た。
目には涙がたまっている。
あまりにも可哀想で、助けたくなるような表情だ。
「僕は、僕に家族の温もりを教えてくれたイレインを、どうしても助けたいんだ。僕の命はどうなってもいい。そう思って研究してきた。でも、もう手詰まりなんだ。僕自身もこれ以上魔法を使うと危険だ。後は、妖精の力を借りるしかないんだよ。ねぇ、お願い。皆、協力してよ」
止められなかったーーー
ブレンの話を聞いているアラステア皇太子、クライヴ、二人の顔を見て、敗北を知った。
私は倫理観に訴えようと思っていたが、ブレンは感情に訴えてきた。
少なくとも、二人の気持ちはもう、ブレンに協力したいという方に傾いているだろう。
「アル。きっとアルは、僕を国に連れて帰ろうって思ってエリノア王国まで来てくれたんだよね?」
「はい。もちろんです」
「でも、父上は、僕の帰りを待ち望んでなんかいないんでしょ?それなら、僕は、病気の家族を残してこの国を去ることなんてできないんだよ」
「それは、そうですよね......」
「ねぇ。多分だけど、父上はアルが帰ってくるかどうかにも興味無いよ?皇太子は必要だけど、アルが必要な訳では無いんだ。誰でもいいんだよ。そんな人は捨てて、アルも一緒にこの国で、兄弟仲良く暮らそうよ」
「俺は必要ではない......」
「イレインが治ったら、3人で暮らすのもいいかもしれない。僕、イレインが作ったチーズケーキが好きなんだ。アルにも食べてもらいたいなぁ」
アラステア皇太子は微笑みながら「そうですね」と返している。
妖精や魔法の話から入れば、反論したり、途中で口を挟むことができたかもしれない。
でも、ブレンは魔法とは全く関係がない家族の話しからし始めた。
その結果、内容が内容なだけに、口を挟むことも、話題を変えることもできなかった。
「何も、妖精を解剖したり、痛いことをしようなんて考えている訳ではないんだよ!魔法を使っているところを見せてもらったり、その時の体内での魔力消費の様子を観察させてもらいたいだけなんだ。もちろん、できる限りのお礼はする。だから、一度妖精に会わせてもらえないかな?お願いだよ」
ブレンだけではない。
アラステア皇太子も、クライヴも私を見ている。
「なぁ、マナ。兄様に妖精を会わせてあげられないだろうか?直接交渉できる場を用意するくらいはいいんじゃないか?」
私は圧倒的に不利になってしまったーー




