一夜明けて
目を開けると、見知らぬ天井が目に入ってきた。
ここはどこだろう?
寝ぼけた頭で考える。
あぁ、そうだ。
知らない世界に転移してしまったんだ。
全て夢だったら良かったのだが、目が覚めてもクライヴの家にいる、ということは夢ではなかったのだ。
何か身支度を……と思ったが、持っているものはこのパジャマだけ。
着替えることすらできないことに気がついた。
とりあえずリビングへ向かうと、キッチンに立つクライヴが目に入った。
「おはようございます。昨日はありがとうございました。」
「礼を言われるようなことはしていない。」
「いえ、寝室を使わせてもらったので……」
クライヴはこちらを振り返ることもせず、キッチンで作業をし続けている。
「あの。なにか手伝いましょうか?」
「……これを運んでくれ。」
クライヴが指す先には、パンとシチューが2人分用意してあった。
「もしかして、私の分も用意してくれたのですか?」
「お前の分でなければ誰の分に見えるんだ?」
「いえ、そういうことではなく……」
「いいから運べ」
テーブルに朝食を並べ、2人で席に着いた。
クライヴは何か祈るような仕草をしてから食べ始める。
せっかく用意してくれたのだから、私も食べようと、手を合わせた。
「いただきます」
シチューを口に運ぶと、温かく、優しい味がした。
「お前の国では、いただきます、が祈りの言葉なんだな。」
「え?」
「いや。いい言葉だな。」
そう言うと、クライヴは黙々とご飯を食べ始めた。
「あの。ありがとうございます。」
クライヴはこちらを見ることなく、黙々とご飯を食べ続けている。
「……優しすぎて他人につけこまれたりしません?」
ゴホッと、音がしたのでクライヴの方を見てみると、盛大に咳き込んでいた。
「失礼な奴だな」
「いや、だって。突然やってきた見知らぬ人に、寝室を貸して、自分は床で寝て、しかも朝食まで用意するって、お人好し過ぎません?」
「……面倒見がいい、と言われたことならある。だからといって何でもしてやる訳では無いぞ」
朝食を食べ終わったのか、クライヴは食器を片付け始めた。
私も急いで残りのシチューを口に流し込み、食器を片付ける。
「あの!とりあえず今日は、元の世界に帰れるか試してみようと思っています。それで、もしも、もしもなのですが、帰れなかった場合は……」
「それは帰れなかった時に考えればいい。まずは帰る方法を模索すべきだろう」
クライヴは私の話を途中で遮り、外へ通ずる扉の方へと向かう。
私も後をついていき、外を覗き見てみると、野菜や果物が栽培されていた。
「すごい……!これ、全部クライヴが育てているんですか?」
「自給自足の生活をしているからな」
クライヴは慣れた手つきで手入れをし始めた。
私も外に出て、栽培されている野菜を近くで見てみる。
「野菜や果物は、私のいた世界と同じみたいです。わぁ、立派なナス……」
「呼び名も同じみたいだな。こちらの世界でもその野菜はナス、と呼ぶ」
「文字は全然違うのに、言葉が通じているのも不思議ですよね」
クライヴからの返事はなかった。
本当に寡黙な人だ。でも、不思議と嫌な感じはしない。
黙々と作業し続けるクライヴを見ながら、この静かな空間が心地よいと感じつつある自分に気がついた。
「暇なら、トマトを3つほど収穫してくれ。この作業が終わったら、お前のために時間を作ろう」
どうやら、私が元の世界に帰る手伝いもしてくれるらしい。
無表情で、一見怖そうにも見えるが、優しくて、本当にお人好しな人だ。
どうすれば帰ることができるのだろうか、とぼんやり考えながら、真っ赤に熟れたトマトをもぎ取った。
読んでくださりありがとうございました。
見知らぬ天井……エヴァですね。