食後
再び乾杯し、デザートを食べ始める。
私はお酒ではなく紅茶を持ってきてもらうことにした。
ブレンに聞きたいこと、言いたいこと、沢山ある。
でも、今はアラステア皇太子に譲るべきだろうと考え、黙っていた。
しかし、アラステア皇太子は口を閉ざしたままだ。
「アル、どうしたの。そんなに静かで。昔は僕に会えばすぐに兄様、兄様って可愛かったのに」
ブレンが口を尖らせて、不満そうな表情をする。
その姿は小さい頃のブレンを彷彿とさせた。
「あ!そのブローチ!まだ付けてくれてるんだ。嬉しいなぁ」
アラステア皇太子の胸元についているブローチを見て、ブレンは満面の笑みを浮かべた。
兄弟で色違い、お揃いのブローチ。
昔、ブレンがアラステア皇太子にプレゼントしたものだ。
「......兄様は何故ブローチをクライヴに渡したのですか」
「ごめん、ごめん。深い意味はないよ〜」
「っ......!深い意味ない!?兄様は、離れていてもこれがあればいつでもお互いを思い出せるねって、そう言ったじゃないですか!それなのに捨てたと言うことは、俺のことなんて思い出す必要が無いと思ったってことですよね!?」
突然の大声に、全員驚いた。
いつも柔和なアラステア皇太子がこんな声を出すなんて、信じられない。
「アル、どうしたの急に。そんなことないよ」
「じゃぁ、なんで!!!」
「ブローチなんてなくたって、アルのことを毎日考えていたさ」
これまでのおちゃらけた感じでとは違い、真剣な声だ。
「深い意味はないって言うのは、嘘だよ。ちょっと見栄を張ってしまったね。ごめん。本当は、ブローチを見ると帰りたくなってしまうかもしれないと思って、持って来れなかったんだ。本当にごめんね、寂しい思いをさせて」
「いえ、俺は......」
「ごめんね。皇太子という重責を弟に押し付けて、僕は逃げたんだ」
悲しそうに微笑むブレンを見て、胸が締め付けられた。
アラステア皇太子は立ち上がり、ポケットからもう1つのブローチを取り出すと、ブレンへと手渡した。
「僕のも持ってきてくれたんだ。ありがとう。今ならこれを見ても帰りたくなったりはしないからね。毎日つけるよ」
そう言うと、ブレンはその場で貰ったブローチを付けた。
二人で並んで、お揃いのブローチをつけている。
ブレンとアラステア皇太子はあまり似ていないと思っていた。
だが、こうやって並ぶとそっくりだ。
「ブローチを渡してしまったこと、すごく後悔したんだ。でも、ここで研究を始めてすぐに、クライヴはブローチを売らなかったんだってわかって。あの時は嬉しかったな〜。クライヴ、ありがとう。ねぇ、お姉さん。僕の所に転移してきたのは、このブローチがあったからなんでしょ?」
突然話を振られて慌てる。
何故、ここで転移の話が出てくるのだろう。
妖精さんに関することは話せないので、曖昧に笑って誤魔化すことにした。
「まぁ、そうだよね。お姉さんから話す訳にはいかないよね。でも、知ってるから大丈夫」
「知っているって、何を?」
「転移の条件だよ」
突然、ブレンが真顔になった。
この顔、どこかで見たことがある......そうだ、逃亡する時もこんな恐ろしい顔をしていた。
私が怯えていることに気がついたのか、ブレンは慌てて話を続ける。
「そんなに怖がらないでよ〜!大丈夫、無理矢理何かをしようなんて思っていないから!いやぁ、それにしてもお姉さんが一緒に来てくれたのはラッキーだったなぁ!」
「何言ってるんですか、会長。最初から『アルがこの場所を突き止めたってことは、お姉さんもいる可能性が高い』って騒いでいたじゃないですか」
「もぅ!エドガー!それは言わない約束でしょ〜?」
異様な雰囲気を感じ取ったのか、隣に座っているクライヴが剣の柄に手をかけたのが見えた。
予想外の展開に、顔が強ばる。
「はぁ......。ブレンダン会長、僕のお客人を怖がせないでくれたまえ。君は魔法のことになると本当に見境ないんだから」
「す、すみません!殿下。つい、興奮してしまいまして」
「ふふふ、会長ってば、魔法のことになると、本当に人が変わったようになりますよね。私もびっくりしましたわ」
エドワード皇太子とエマ皇女が仲裁に入ってくれて、その場はおさまった。
だが、問題が解決したわけではない。
「お姉さん、驚かせてごめんね?今、僕の研究テーマが妖精の魔法についてでさ。ちょっと熱くなっちゃった。あと2週間あるからさ、その間にちゃんと説明するね」
「妖精の魔法......?」
「僕の話を聞いたら、お姉さんもきっとボクに協力したくなるよ!さ、今日はもう遅いし、続きは明日以降にしようねっ」
とりあえずその場はお開きとなった。
部屋に戻る途中、ブレンの言葉が頭の中で木霊する。
「妖精の魔法......?転移のこと?それとも別の話......?」
今日はなんだか眠れる気がしなかった。




