余韻
「兄様はどこ?」
赤い髪の少年が尋ねてくる。
おそらく、アラステア皇太子だろう。
返答に困っていると、アラステア皇太子はブレンが飛び降りた窓の方へと近づき、外を見た。
私も外を見てみるが、既にブレンの姿は見えず、クライヴも逃げた後のようだった。
「もう、行ってしまわれたのですね」
アラステア皇太子は伏し目がちにそう言うと、胸に付いているブローチに手を当てた。
赤い宝石があしらわれたブローチは、よく見るとブレンが持っていたものとおなじデザインだ。
「そのブローチ……」
「これ、兄様とお揃いなんです。去年、兄様が誕生日にプレゼントしてくれました。離れていても、これがあればいつでもお互いを思い出せるねって」
ブレンはブローチを外すのを忘れていた、と言っていた。
だが、よく思い出すと、ブレンの服装は質素なもので、いつもの服から付け替えたとしか思えなかった。
兄弟でお揃いのブローチを、本当は持っていきたかったのかもしれない。
「お姉さんは、兄様がどこへ行ったのか知っていますか?」
「ごめんね。どこへ行ったのかは、お姉さんも知らないの」
「そうですか」
残念そうにつぶやきながらも、どこか納得しているような表情をしていた。
もしかしたら、ブレンが逃げようとしていることを、感じとっていたのかもしれない。
そうこうしているうちに、外が騒がしくなってきた。
衛兵達がクライヴを探しているのだろう。
私の顔も何人かの衛兵に見られている。
早くこの城から脱出しないと、危険だ。
「この辺りは確認したか!?」
「まだだ!俺はあっちの部屋を見てくるから、確認を頼む!!」
声が大きくなってきた。
直にこの部屋にも衛兵が来るだろう。
「君、ここから抜け出す道とか知ってる?もしくは、隠れられるところとか」
試しに、アラステア皇太子に聞いてみる。
アラステア皇太子は首を縦に振ったあと、私の手を掴み、歩き出した。
「ここ、今は使われていない倉庫で、兄様とよく遊んだ場所なんです。よく、かくれんぼをしたから、見つかりにくい場所は知っています」
促されて歩いた先には、古びたクローゼットが置いてあった。
……いつものパターンだ。
ここまでくると笑ってしまう。
しゃがんで、アラステア皇太子に目線を合わせる。
両手でアラステア皇太子の手を握ろうとして、クライヴの制服の切れ端を握り続けていたことに気がついた。
「それ、もらってもいいですか?」
「え?これ、お兄さんのじゃないよ?」
「いいんです。これを見たら、今日のことを忘れないでいられる気がするので」
私にとっては必要なものではないので、制服の切れ端を渡す。
あらためてアラステア皇太子の両手を握って、目を見る。
「お兄さんに、もう一度会えるといいね」
「うん」
「未来で、また会おう。その時は、一緒にお兄さんを探しに行こうね」
そろそろ行かないと本当にマズイ。
ゆっくりと立ち上がり、ポケットに入っている便箋の残りをさらに半分に切った。
「制服の切れ端と一緒に、この紙も持ってて。そしたら、きっとまた会えるから」
クローゼットの扉を開けて、中に入る。
渡した紙を捨てずに持ち続けてくれれば、すぐにまた会えるだろう。
前回会った時には、私のことを忘れていたようだった。
さぁ、どうすれば私のことを思い出してくれるだろうか。
そんなことを考えながら、再び扉を開けたーー
ーーーー
「ブレスレット、よかったのですか?」
イレインは、ブレンを小脇に抱えたま走っていた。
雨が降り出しており、少し肌寒い。
「いいんだ。あれがあると、帰りたくなってしまうから」
そう呟く姿は、普通の少年に見える。
まるで、何も知らない子供を騙して誘拐しているような気分だ。
「身代わりにした少年の家に、十分なお金は渡してあるよね?」
「もちろんです。あのまま奴隷になるよりは、よい人生だったでしょう」
「ははっ、死んだのに良い人生って……」
「痛みなく、いけましたので」
「でも、顔がわからないくらい潰したんだろう?」
「死んだ後に処理したので、大丈夫です」
全て、ブレンが望んだことだ。
それなのに、悲しそうな、寂しそうな、なんとも言えない表情をしている姿に心が痛む。
「お姉さんには、また会える気がするなぁ」
そうポツリと呟いたあと、ブレンは目を閉じ、静かになった。
ザァザァという雨の音だけが、辺りに鳴り響いているーー
2章終了です。
3日程休んでから、また投稿を再開します。




