クローゼットの外は異世界!?
頭がクラクラするーーー
気を失っていたのだろうか。
外からは何も聞こえてこず、辺りは静寂に包まれていた。
耳を澄ませてみても、彼氏とあの女の声は聞こえてこない。
とりあえず外に出なければ。
ゆっくりと体を動かし、扉に手をかけた。
眩しいーーー
そう思った瞬間
「誰だ!!」
端正な顔つきの青年が、剣の切先を私の方へ向けながら、厳しい顔つきで立っていた。
「間者か?いつからそこにいた」
「え、え?」
「答えなければ、女だろうと、容赦せず切るぞ」
男が間合いを詰めてくる。
このままだと本当に切られるかもしれない。
何か言わなければ、と考えを巡らせるものの、この状況に思考が追いつかず、言葉が何も出てこなかった。
「誰の差し金だ。できれば女は切りたくない。正直に言え。」
「いや、あの、その……」
男の剣が私に届くほどの距離まで近づいてきた。
男が剣を振りかぶる。
「浮気した彼氏に閉じ込められただけなんです!!!」
「……は?」
「自宅のクローゼットに押し込まれて!気がついたらここにいただけなんです!!自分でもわけがわからなくて!」
結局、ありのままの事実を言うことしか出来なかった。
男は怪訝な顔をしながらこちらを見ている。
だが、それが事実なのだから仕方がない。
「せめて、もう少しマシな嘘をついたらどうだ?」
男が再度、剣を振りかぶろうとする。
私は慌てて両手を上げ、攻撃する意図は無いことを示した。
「本当なんです!私もちょっと混乱してて……。と、とりあえず、その剣をしまって貰えませんか?」
男は私のことを頭の先から爪先までゆっくりと観察した後に、剣をしまった。
ただし、剣の柄に手は添えたまま、いつでも攻撃できる姿勢を保っている。
「あ、あーっと。ほら、見てください!私パジャマのままじゃないですか!こんな格好で外に出る人なんていませんし!」
嘘をついても仕方がないので、今日の出来事を詳細に伝える。
同棲している彼氏とお酒を飲んでいたこと。
途中で知らない女がやってきたこと。
クローゼットに押し込まれたこと。
男は信じられない、という顔で聞いていたが、全てを話し終えた頃には殺意が消えていた。
「嘘をついているようには見えないが……にわかには信じがたいな。妖精のイタズラ……か?」
「妖精?」
「知らないのか?」
男によると、クローゼットや鏡、森の木々の間などは別の世界と繋がっていて、ふとした瞬間に吸い込まれてしまうことがあり、それを妖精のイタズラ、と呼ぶらしい。
その他にも、ティーポットの下や、山盛りのお菓子の中に妖精が隠れていて、お茶やお菓子をほんの少し拝借する、なんていう話もあるらしい。
子供の絵本なんかでよく題材になっているらしく、誰も信じてはいないが、何か不思議なことがあった時にはちょっと茶化すように「妖精のイタズラかな」と口にするのだそうだ。
「よく見るとその服……見たことがない生地とデザインだな。本当に違う世界から来たのか?」
何か違う世界から来たことを証明できるものはないか?と考える。
ふと、洋服のタグに書かれた文字を見せることを思いついた。
「これ。私の国の文字なんですけど、読めますか?」
「ふむ……見たことがない文字だな」
「これ、私が違うところから来た証拠になったりします??」
おずおずと聞いてみると、男は怪訝そうな顔をしながらも剣から手を離した。
「お前を完全に信用したわけではない。だが、殺すほどの脅威ではないと判断した。とりあえず、こっちへ来い」
そう言うと、男は扉の方へ向かって歩いていった。
よく見るとここは寝室で、扉の向こうはリビングのようだ。
何だか既視感を覚え、辺りを見回すと、キッチン、テーブル、扉などの位置が自分の家と全く同じであることに気がついた。
「同じだ……」
「同じって、何がだ?」
「間取りや家具の配置が、私の住んでいた家と全く同じなんです。」
男は何かを考えるような素振りを見せたあと、リビング中央にあるテーブルへと向かい、椅子に座った。
私にも椅子に座るように促してきたので、それに従う。
「先程、丁度このテーブルの位置を移動させたんだ。移動させた直後に寝室から音が聞こえ、向かったらお前がいた」
男はトントンと、指でテーブルを叩きながら話し続けた。
「この机を動かしたことで、家具の配置が全く同じになり、この家とお前の家が繋がった……なんてこと有り得るのか?」
最後の方はほとんど独り言のようだった。
そんな偶然あるのだろうか?
有り得ない話ではあるが、私がこの家に転移してしまったことは事実なのだ。
今はこの男の言葉通りに考えるのが妥当だろう。
「今日はもう遅い。とりあえず泊まっていけ。詳しいことはまた明日話そう」
そう言うと男は寝室へと消えていった。
これからどうなってしまうのか……今は考えても仕方がない。
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