女子力底辺騎士と年下上司
どんな仕事でも恋愛というものはついて回ると思う。
そこに男と女がいる限り、女と女がいる限り、男と男がいる限り。人それぞれだけど、人間が複数いれば恋愛感情は生まれる。
私、ソラフィオはコーネルキアという王国で騎士をしている。
危険の伴うハードな仕事にも関わらず、ここでも恋の花が芽吹いたり散ったりと忙しない。年齢的なものもあるかな。私達の団は、最近できた養成学校の卒業生で構成されている。なのでほとんどが十代か二十代前半だ。
十八歳の私はちょうど中間層辺りだね。一際、恋に奔走している層でもあったりする。
私はといえば、……恋愛未経験。
今まで学校の授業についていくのに必死だったり、騎士の任務に慣れるのに精一杯だったりで、あまり気にしていなかった。
だけど近頃、少しだけ気になる。
なのでこんな話をしているというわけだ。
私は、見た目はそれほど悪くないはず。
肩よりやや長めの金髪に、青色がかった瞳。身長は女子では高めの百六十九センチで、体も訓練で引き締まっている。
後輩の子達からはかっこいいなんて言われたこともあるよ。嘘じゃない。
それなのに、全く恋が始まる予感がしない。恋愛の気配は皆無だ。
何となく、原因なら分かってる……。
巡回任務を終えて騎士団本部に戻ると、男性騎士達のグループに遭遇した。
一人が私を見るなり。
「よお、ソラフィオ。俺ら今から昼メシだけど一緒に来るか? 今日はモージーキッチン、大盛りキャンペーンやってるらしいぜ」
「え、マジ? もちろん行く、……のはやめとく」
「どうした、腹でも痛いのか?」
「そうじゃないけど、……やめとく」
「おい皆、ソラフィオがおかしいぞ。大盛りなのに行かねえって」
「うるさいな、早く行け」
モージーキッチンとは、主に男の騎士が出入りする大衆食堂だ。店主の気前がよく、頻繁に何かのキャンペーン(大抵は大盛り)をやってくれている。
主に男達が出入りする所だけど、私も常連なんだよね……。
間違いなく、これが恋愛の「れ」の字もない最大の原因だと思う。
……私は女子力がかなり低い。
少しでも上げないと。大盛りは我慢だ。
「珍しいこともあるものだな」
その声に顔を上げると、目の前に黒髪の男性が立っていた。
彼は私が所属する部隊の隊長、リアヴェルさんだ。
私より二つ年下の十六歳で、身長も五センチほど低め。でも、騎士のランクはあっちが上で、私の直接の上司にあたる。コーネルキア騎士団は完全な実力主義だから、こういうことも起こるんだよ。
まっすぐ見つめてくるリアヴェルさんの視線から逃れるように、私は目を逸らす。
「あまり、お腹すいてないので……」
「嘘をつくな。お前は今日、口を開けば、お腹すいた、と言っていただろ」
「……女子の一人言を拾い上げないでください、隊長。そう、私は女子なので、仮にお腹がすいていたとしても大盛りは食べません」
「女子……? お前、本当にどうしたんだ。おかしいぞ」
「放っておいてください。任務は終わったのでもう行きますよ。お疲れさまでした」
まったく、リアヴェルさんは。隊長だからってやたらと口やかましい。まるでお母さんみたいだ。
部下ではあるけど私の方が年上なんだから、ちょっとは配慮してほしい。
結局、昼食は幼なじみで同期のエリーダを誘うことにした。
大衆食堂ではなく、カフェのオープンテラス席に二人で座る。
エリーダは私と違ってずいぶんと女性らしい。似た環境で育ったのになぜこんなに差がついたのか。
彼女はフォークでパスタをくるくる絡め取りながら。
「ランチを一緒にしようなんて、急にどうしたの? この量じゃソラフィオには足りなくない?」
「足りない、こともない。私も女子だし」
「……ああ、なるほどね。ついにソラフィオもそういうの気にするようになっちゃったか。普通より大分遅いけど」
「う……、女子力ってどうやったら上がるか、教えてくれない?」
彼女は食事の手を止め、考えこむ仕草。
私の女子力を上げるのはそんなに大変なのか?
程なく、エリーダは何か思いついたような顔に。
「まずはあれね、ご飯の後、広場のベンチで居眠りしないこと」
「お腹いっぱいになるとつい……。他には?」
「そうねー、鎧を女性っぽいものに変えてみるとか」
「私の、ちゃんと女性用だよ」
反論すると、エリーダは「そうじゃなくて」と言った。
話によればおしゃれな女子は鎧をオーダーメイドするらしい。自分の体に合ったものを作ってもらうわけだね。
皆、意識が高いな……。私のはお店で店頭に並んでる普通のやつだ。
よくよく見れば、エリーダが装備してるのもオーダーメイドじゃない? 所々曲線が綺麗で、私の鎧とは全然違う。
視線に気付いた彼女は、小さくふふっと笑った。
「鎧は着ている時間が長いからね。つぎこむ子、結構多いよ」
「そうなんだ。けど私には、今すぐには無理だよ。お金貯めないと」
「じゃあ、とりあえずこれでも使ってみる?」
とエリーダは可愛らしい小瓶を取り出す。
それが何なのか、女子力の低い私にだって分かるよ。香水だ。
「前にソラフィオがいい匂いだって言ってたやつよ。あげるわ。それで、意中の人は誰なの?」
「そんな人いないよ。これからできる」
「……まだ恋愛に憧れてる段階だったのね。てっきりあなたのところの隊長さんかと思ったわ」
「リアヴェルさん? ないない、私より二つも年下だし」
年下ではあるんだけど、リアヴェルさんは仕事にとても厳しい。油断すれば命を失いかねない仕事なので、隊長として、上司としては理想的なのかもしれない。
でも、彼と付き合ってる自分はちょっと想像できないかな。
「まだ誰とも付き合ったことないくせになぜ上から……。人気あるのよ、リアヴェル隊長。狙ってる子、多いんだから」
なんと、あの人そんなにモテるのか。
エリーダは再びフォークを置き、話を続ける。女同士のランチはなかなか進まないな。
「腕が立つし、仕事は真面目。背は少し低いけど、逆にそこが可愛い感じがしていいのよ」
「全く可愛くなんてないけどね。部隊の訓練は毎回きついし。特に私にはやたらと構ってくる。それから、戦闘では前に出すぎるなってうるさいし」
「ふーん、なるほどねー」
幼なじみは意味深な笑みを浮かべた。
何なの?
エリーダとの食事が済むと、私は騎士団の寮に戻ることにした。
昼から非番なので、お風呂に入ってゆっくり過ごす予定だ。
帰り道、行きつけのパン屋に立ち寄って惣菜パンを四つ買う。やっぱりカフェのランチじゃ全然足りなかった。
自分の部屋に着いた時には、四つの内、二つのパンを食べてしまっていた。
うーむ、女子力底辺のなせる業か。
予定通りゆっくり過ごしつつ、明日の巡回任務に備えて武具の手入れをする。
ふと、テーブルに置いた小瓶に目が行った。
自動的に昼間聞いた話が思い起こされる。
……リアヴェルさん、モテるんだ。
まあ顔はかっこいい方だし、意外ってほどでもないけど。
別に私の好みのタイプってわけじゃないけど。身長だって私より低いし。
でも、……ふーん、モテるんだ。
気付けば、香水の小瓶に手を伸ばしていた。
翌日――。
どうしよう、隊の皆が私に近寄ってくれない。
これ、馬も嫌がって乗せてくれなかったりするんじゃ……。
一度戻ってお風呂に入ってこようかな……?
いや、そんな時間はないか。
騎士団本部の待合室にて、私は葛藤の中にいた。
その時、部屋のドアが開く(窓はすでに誰かが全開にしていた)。
入ってきたリアヴェルさんは私を見るなり、というより匂いをかぐなり、私の手を掴んで廊下へと連れ出した。
「ソラフィオ! なぜ任務に香水をつけてきている! そしていったいどれだけ大量につけているんだ!」
「いえ、香水使うの初めてで……、加減が分からなくて……」
「昨日からおかしいぞ、お前。……とにかく今日はもうそのまま来い。香水つけたところ、できる限り布で拭ってな」
「すみません……」
……何たる失敗。
私には香水もハードルが高かった。
こんなことになるならやめておけばよかった……。
とため息をつくと、リアヴェルさんも同時にため息。
「お前には香水なんて必要ない。今後はつけるな」
何その言い草!
確かに私が悪いけど、どうしてそこまで言われなきゃならないの!
私が誰のためにつけてきたと……。
いや!
別にリアヴェルさんのためにつけてきたわけじゃないけどっ!
文句を言ってやろうと思っていると、先に彼が言葉を続けた。
「万が一にでも他の男が寄ってきたら、……俺が困る」
「万が一って何ですか! ん……? どうして隊長が困るんです?」
すると、リアヴェルさんは顔を赤らめて視線を逸らす。
あ、ちょっと可愛い。
こんな隊長、初めて見たかも。
首を傾げる私を、彼はまっすぐ見つめ返してきた。
「やっぱり気付いていなかったか……。もうこの際だから、はっきり言う。ソラフィオ、……お前のことが、好きだからに決まっているだろ」
柔らかそうな黒髪の奥にある瞳がやや潤んでいた。ますます可愛い。
にしてもだよ、そっか、私のことがねー。
なんだ、そうだったのか。
…………。
……今。
私を好きって言った?
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ソラフィオとリアヴェルが所属するコーネルキア騎士団の物語も書いています。
『ジャガイモ農家の村娘、剣神と謳われるまで。』
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