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触角の遺構

作者: 北緒りお

 結晶体が見せる未来は、それにこだわる必要がなかった。

 鼻先をくすぐる甘美な誘いと、一方では顎と歯で挟み込み胃の腑に詰め込む快楽を感じさせる反射で、その媚笑にも似た魅力に逆らうのは難しく思った。

 まるで崩壊へと誘うインビテーションカードのように作り込まれた背中を追いかけると、透き通った新緑をとけ込ませた殻に覆われているが、いくつかの穴があり、求食者は導かれるままにたどり着き、観察し、味見をし、満足し、仲間に知らせ、根こそぎでもその隠れ家に運ぶかのように持ち去ろうとするとある。

 化成の外壁に囲まれた宮殿は深淵には遙か及ばず、清流と淀みの泉につかるままだった。

 昇華し張力でそれが消え去った残滓のコントラストに見える琴線に、新鮮な空気がよそぎ、分化の帰結として先端をのばして探り、湧水に伸ばすはずだった指先が空を切るのを見ていた。

「香草に深く囲まれた寝殿に、繭と砂の出会いと甲殻への永訣が必要なように」

 視線の先にあるのは隠れた繭の残像だけで、その密度や並びは語彙とシーケンスだけの再構成だった。

 花弁は開き、地表遙かまでがひとつになったような青の下で、甘くささやき、蝶を誘う。

 奥深くでは崩れつつあった宮殿は姿を取り戻し、床と天井は精緻な美しさを感じさせる造形を見せ、柱は水脈であり動脈である分化と侵入の指先がその代わりを静かに、そして確かにつとめていた。天井を支えているのか、それとも床を持ち上げているのか、風が当たるはずでない細胞に風が当たり、水を持ち上げるための毛細管がその役目をできないのであった。

 表層は淡いコントラストを持った装飾のように重い色から盛り上がっているところは色が明るくなり、なにやら腫れている患部のようにも見える。その粒はひとつひとつをつまみ持ち上げ、そして勤勉な戦士が土壌と戦い表面を飾るようになったのだった。

 隊列は化成の壷からどうやって抜け出してきたか翼が足りず、爪の先に引っかかることもないが、それぞれがふらふらと歩んでいるかのようで、立ち上がり、自分の足下と並べて眺めると鉛筆の柔らかい芯を力なく持ち上げ書き付けたかのような、それでいてしっかりと崩れない線ができあがっているのだった。

 交換法則は常に成り立ち、緩やかな歩みでそれは成し遂げられ、そしてポリエチレンが協奏する断裂の響きが揺らすのであった。その中では結晶を内包し、感覚を誘い出す滋味の香りやと艶やかな蜜の揺らぎがあるのだった。

「何枚もの数列が漂い流れ、満ち欠けを意識しない内包の屹立が起きる頃。策略はシロップの中のシナプスに」

 重力はなく、弱い体温と苔のような継続性のための確認だった。

 闇は流され、細胞の屈伸が強くなり、水晶の奥が活動し始める頃。クロッキーの線が奥へと流れ込み、探索のつつき、見えない指さしを頼りにアルミニウムの門をくぐってきたのだった。

 アカシアの実と種は深く焦がされ、灼熱の清流にすすがれて閉じこめられることで、その香りと縁の刺激に指と喉とで埋没する。親指ほどの焼き固められた粉体に犬歯がぶつかる音と変調された音との間に自我を取り戻しながら、針の速度を気にするようになる。

「線形の欲求が流れ込み始めてる」

 穂先の鱗のようであった含有率は、自立し、そのままの姿で酒精と酸の混濁となる。

 錫を思わせる抜け穴に繊維と結晶、数ミリリットルの純粋が立ちはだかり、真空となった。

 太陽を沈ませ、回転させているうちに余韻が煙になり樹齢にしみこむ。

 泡沫だった。

 その足跡は星が分裂し雨となり、また昇華していく回転の一部となり、永遠の破片となり、虚は重となっていくと思いこんでいた。

 宮殿はその清栄の余韻すらなく、壁と柱を残し、水と殻の寝殿となっている。

 あのチェーンがそうであるかのように無限に続いていく循環は霞となり、霧となり、粉となった。

 夏の日差しに結晶は含まれない。六角形と結合のスカーフが、あれだけの不随意運動を固めた。

 抱き合う覚悟はないが、沈める衝動もなかった。立ち去った後の銀塩を鋳造するだけで、無反応に徹するのに精一杯だったからだ。

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