第二十四話
しかし、国王陛下はロイデンにまだ憐れみを向けておられた。
自分が意識を失うほどの重症で眠りについていた二年間のことを、とても悔やんでおられた。
でも、それだからこそ。
私はこの王国に正しい正義をもたらして欲しかった。
目覚めた王に、新しい光を見せて欲しかったのだ。
「息子を‥‥‥救ってはくれないのか。侯女アイナよ。これでも、我が血を分けた存在だ」
「陛下。私に託して下さったではないですか。そのお言葉を翻されるおつもりですか」
「ぐっ」
国王陛下はそう呻くと、もう無理だと悟ったのだろう。
片手をさっと挙げて、衛士たちにロイデンを捕縛させた。
第二王子には抵抗する気力の灯すらも消えていたらしい。
もう、そこにロイデンという人物の面影はなく、ただの死に怯えて自我を殺してしまった、奇妙な行動をする男が佇んでいるだけだった。
「不敬な」
「レイダー一族め‥‥‥よくも」
そんな声が後方から流れてくる。
分かっていた。第二王子の兄妹姉妹、他の王族の方々の怒りが集まって、ぶすぶすと燃え始めようとしているのだから。
この火種を残したままでは、いずれ私も、お父様も。
あの可愛い弟妹たちも被害に遭うことになる。
特権階層のやり方は陰湿で執着し、どこまで逃げても追いかけてくる。
体面を第一に生きているのだから当たり前なのかもしれないけれど。それに付きあってやる義理はどこにもない。
「陛下。もう一つのわがままを聞いて頂けないでしょうか」
「まだ、あるのか」
「そんなに大したことではございません。王国内にある所領はそのままに、代理人を置き管理させたいと存じます。どうか、我が一族の聖教国への移住を‥‥‥ご許可ください」
「なんだと? 先程、そなたの父親の昇進が決まったばかりではないか」
「ですので。我が父上様には外務大臣ではなく、王国特使として聖教国への赴任を命じて頂きたいと思います」
この申し出に国王陛下は唖然として首を縦に振るだけだった。
面倒くさい一族が総出でこの国からいなくなるのだ。
後々に起こる面倒事を予測すれば、どちらがより王国にとって利益になるかは、子供にでもわかる話。
そしてこの決断をくだした最大の理由は、お父様が家臣たちに早く荷物をまとめるように伝えていたことだ。
お父様は最悪の状況を想定して、聖教国宰相閣下‥‥‥。
いまはそう呼んでおこう、彼や聖女様のお力を借り、彼方への移住を敢行する気だったのだろう。
そのことを思い出したからこそ、私はこの提案を切り出した。
たとえ否決されたとしても、今夜か明日中に逃げ出せばいいことだ。
それに何より、新しくできた巨大な聖教国に、特使を置くという判断は間違っていないはず。
王国は我がレイダー侯爵家に大きな借りができるのだ。
見返りとして、国外に住んでも私たちの一族を狙わないことを条件とすれば、お互いに緊張感が続き争いには発展しないはず。
聖女様はこの申し出を喜んで引き受けると言ってくださった。
宰相閣下も国の代表として私たちを入れると約束してくださった。
ついでに――。
「第二王子ロイデン様の夢への旅立ちは、この聖女マルゴットが全責任を負うこととします」
「あなたまで、そう申されるか」
国王陛下はもしかしたら王国の神殿を統括する神官長を丸め込み、ロイデンが死んだように見せかけて助ける気だったのかもしれない。
でも、彼に生き延びられたら何もかもが水泡に帰してしまう。
聖女様の申し出は何よりもありがたかった。
そのとき、聖女様は私の側にいて下さり‥‥‥会話をする素振りをしながら、私に女神様の奇跡を授けてくださった。
つまり、私の体に残っていたあの忌まわしい傷跡は、全てなかったかのように消え失せてしまったのだ。
その後。
第二王子の夢への旅立ちは、聖女様の立ち会いのもとに速やかに行われ、彼は永久に眠ることになった。
ミザリーとこの一件に関与した貴族と学院の貴族子弟子女たちは、それぞれ爵位を奪われて、流刑となった。
私たちレイダー侯爵家とその家臣団は、これから船旅で二ヶ月近い時間をかけて、聖教国に渡ることになる。
その間。
ずっと聖女様と宰相閣下の新婚カップルが織りなす、こちらとしてはいい加減に飽きてしまった夫婦の愛情劇が繰り広げられるのだけれど。
それはまた別の話。
私と、彼と、周りを巻き込んだ婚約破棄の物語はこうして終わりを告げたのだった。




