第十七話
父は恐ろしく意志の強い瞳で私を見ていた。
その視線が手の指先から肘の上まで沿っていくのを感じ、私は頬を朱に染める。
こんな無様な跡など、見られたくはなかった。
「……もういい」
「はい。お父様」
さっきまでの激高した様子とは打って変わって、私の腕を放した父親は服を元に戻し、冷たくそう言った。
その口調は怒りを通り越して感情を失った彫刻のように無機質なものだった。
父から得ていた信頼を一気にうしなった感触が、私の心を虚ろなものにする。
もう、あの優しい言葉や笑顔を向けて頂けないのかと思ったら、それも仕方ないよと心で誰かが呟いた。
私は家族すべてを危険に晒したのだ。
これから彼らの命を奪う危機に。
どんなに罵倒され、なじられても仕方がない。
次にどんな処遇が待っているのかと部屋の真ん中で立っていたら、父は「なにをしている」と小さく言い、また私の手を取った。
「いくぞ」
「ですからっ、どこに‥‥‥!」
「王宮だ!」
「……っ?」
ああ、そうか。
私は罪人として家族みずからの手で突き出されるのだ。
第二王子に反抗したことを謝罪し、その罪が家族や親せきに及ばないように、願い出るのだろう。
ああ、そうなんだ。
これが、家族‥‥‥。
拒絶は許されない。
逃げることも、言い訳も、泣き言も訊いては貰えないだろう。
は、ははっ‥‥‥。乾いた笑い声が、音にならずに口から漏れ出していく。
お父様の判断は間違っていない。
一族すべての利益と私を天秤にかければ、どちらが重いかは自明の理だ。
私は乱暴に腕を引かれて、戻ったときと同じように馬車に乗せられた。
「あのとき、逃げればよかった」
「なにか言ったか、アイナ」
「いい、いえ。なにも申しておりません」
「そうか」
違っていることといえば、学院の制服から、宮廷に上がるときに相応しい服装に。見せたくもない胸元や、肩口が大きく開いたドレスに着替えさせられたことだ。
喪服のように黒いその藍色は、処刑される罪人が最後に与えれる品物としてはあまりにも上等なもの。
そのことにだけでも、感謝をしなければ女神様にまで怒られると思った。
いまは上着で隠すことを許されているこの傷跡も、陛下の御前にでれば取るのが作法。
こんな醜い身体を誰が晒したい?
もうここで殺して欲しかった。
まだ私は家族を愛している。
その手にかかるなら――本望だった。
「殿下にお会いしたのはいつが最後だ」
「え?」
「ロイデン様だ」
「あ、はい。つい数時間前に、その‥‥‥婚約破棄を申し付けると。命じられました」
「遅いな。報告が」
「申し訳ありません」
「……婚約破棄、か。ふざけおって、あのバカ王子が‥‥‥」
「は? いま、なんと」
「なんでもない!」
父の怒りに満ちたその拳は、馬車の窓枠を強く叩いていた。
憤慨?
いえ、それよりももっと上等なもの。
後から辞書を調べて知ったのだけれど、こういったものを憤怒、というらしい。
お父様はどこまでも静かにその怒りをたたえていた。




