第十三話
話が逸れてしまった気がする。
自分の境遇をいま語ってどうするの。
私は心で自分をしかりつけた。
あの日々は確かに辛かった。
でもいまはそれより、重要なことに遭遇しているのかもしれないのだ。
この馬車に、彼を乗せるべきではなかった?
色々な状況を鑑みて、私はそう後悔を始めていた。
「心配しなくてもいい。門番は車内まで確認をしなかっただろう?」
「それはそうですが」
「なら、どこか街角の人気の少ない場所で、俺を降ろしてくれたらそれでいい。アイナ嬢、あなたとの縁もそれで終わりだ。俺たちは通りすがりの無関係となる」
「……なりませんよ。あの連中は、あなたが馬車に乗り込むところまで確認してから、去ったかもしれないではないですか。当家‥‥‥レイダー侯爵家はすでに、あなたとは無縁ではありません」
「しかし、だからといって俺を屋敷に匿うまではできないだろう? あなたはこう思っているはずだ。俺は他国のスパイに違いない、と」
「――ッ!?」
先に自分から触れておいて情けない話だ。
言い当てられたとき、彼の紅の瞳から、とても剣呑な獰猛な野獣のような光が放たれた気がして、私は肝を冷やした。
「あの殿下の茶番も、もしかしたらミザリーの配役まで俺が手掛けたのかもしれないと疑っているかい?」
「そんなことは考えておりません。でも、あなたなら」
「やっていないと明言は出来るな。さらに、やるならあの殿下をもっとうまく利用するだろう。あんな公衆の面前で、子供じみた婚約破棄ごっこを‥‥‥いや、すまない。被害者のあなたを目の前にして、ごっこは言い過ぎた」
「いえ。いいのです。本当のことですから‥‥‥」
膝上に置いていた両手で、制服のスカートの裾をぎゅっと握りしめる。
悔しくないわけがない。
弄ばれたのだとずっと理解したくない。でも理解しないといけない。
そんな狭間で心が揺れていて、とても苦しかった。
涙をこぼしそうになるのを必死にこらえていたら、彼がジャケットの胸ポケットに差していたハンカチを渡してくる。
その好意を拒絶することはできず、学院を出れたという安堵さもあいまって、私はらくしもなく他人の前で涙を流してしまった。
侯女にあるまじき、はしたなさ。
身分や体面というものを忘れて泣きじゃくる私を、彼は黙って見守ってくれた。
静かに、この心に沸き立つさざ波がおさまるまで‥‥‥静かにそこにいてくれた。
「……申し訳ございません。こんな顔をお見せするなんて、はしたない」
「いや、別に。泣きたいときは泣けばいい」
「でもー‥‥‥」
自制が取れていない時点で、貴族としては失格だ。
人の上に立つ者、身分がある者はその責任も重い。
感情を露わにして怒ったり、泣いたりすることは、下の者に対しての裏切りだと思いなさい。
学院ではそう厳しく教えてもらっていた。
だから、あの殿下の‥‥‥鞭打ちにも耐えてこられたのだ。
でも、いま彼の支配はなくなった。
自分はこれからどうしたらいいのだろう。
これまで見えていた未来が、いきなり真っ暗な闇が降って来たように見えなくなっていた。




