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メイブリースの聖杖  作者: 秋津冴
第三章 王太子妃教育を受けた私が、婚約破棄相手に復讐を果たすまで。

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第十三話

 話が逸れてしまった気がする。

 自分の境遇をいま語ってどうするの。

 私は心で自分をしかりつけた。

 あの日々は確かに辛かった。

 でもいまはそれより、重要なことに遭遇しているのかもしれないのだ。

 この馬車に、彼を乗せるべきではなかった?

 色々な状況を鑑みて、私はそう後悔を始めていた。


「心配しなくてもいい。門番は車内まで確認をしなかっただろう?」

「それはそうですが」

「なら、どこか街角の人気の少ない場所で、俺を降ろしてくれたらそれでいい。アイナ嬢、あなたとの縁もそれで終わりだ。俺たちは通りすがりの無関係となる」

「……なりませんよ。あの連中は、あなたが馬車に乗り込むところまで確認してから、去ったかもしれないではないですか。当家‥‥‥レイダー侯爵家はすでに、あなたとは無縁ではありません」

「しかし、だからといって俺を屋敷に匿うまではできないだろう? あなたはこう思っているはずだ。俺は他国のスパイに違いない、と」

「――ッ!?」


 先に自分から触れておいて情けない話だ。

 言い当てられたとき、彼の紅の瞳から、とても剣呑な獰猛な野獣のような光が放たれた気がして、私は肝を冷やした。

 

「あの殿下の茶番も、もしかしたらミザリーの配役まで俺が手掛けたのかもしれないと疑っているかい?」

「そんなことは考えておりません。でも、あなたなら」

「やっていないと明言は出来るな。さらに、やるならあの殿下をもっとうまく利用するだろう。あんな公衆の面前で、子供じみた婚約破棄ごっこを‥‥‥いや、すまない。被害者のあなたを目の前にして、ごっこは言い過ぎた」

「いえ。いいのです。本当のことですから‥‥‥」


 膝上に置いていた両手で、制服のスカートの裾をぎゅっと握りしめる。

 悔しくないわけがない。

 弄ばれたのだとずっと理解したくない。でも理解しないといけない。

 そんな狭間で心が揺れていて、とても苦しかった。

 涙をこぼしそうになるのを必死にこらえていたら、彼がジャケットの胸ポケットに差していたハンカチを渡してくる。

 その好意を拒絶することはできず、学院を出れたという安堵さもあいまって、私はらくしもなく他人の前で涙を流してしまった。

 侯女にあるまじき、はしたなさ。

 身分や体面というものを忘れて泣きじゃくる私を、彼は黙って見守ってくれた。

 静かに、この心に沸き立つさざ波がおさまるまで‥‥‥静かにそこにいてくれた。


「……申し訳ございません。こんな顔をお見せするなんて、はしたない」

「いや、別に。泣きたいときは泣けばいい」

「でもー‥‥‥」


 自制が取れていない時点で、貴族としては失格だ。

 人の上に立つ者、身分がある者はその責任も重い。

 感情を露わにして怒ったり、泣いたりすることは、下の者に対しての裏切りだと思いなさい。

 学院ではそう厳しく教えてもらっていた。

 だから、あの殿下の‥‥‥鞭打ちにも耐えてこられたのだ。

 でも、いま彼の支配はなくなった。

 自分はこれからどうしたらいいのだろう。

 これまで見えていた未来が、いきなり真っ暗な闇が降って来たように見えなくなっていた。

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