第十一話
そして、私はミザリーの外観を持つ生徒について、まったく見識がなかった。
この学院にもう五年以上通っているというのに。
「そうかもね。でも、あなたがどうしてここに入れたかが、私には謎なのだけれど」
「は?」
「私はこの学院に数年間通っているけれど、どこの学年でも科目でもあなたのような‥‥‥目立つ外観をしている生徒がいれば、一目で判断がつきます。でも‥‥‥」
「君は、彼女を知らない」
「あんたには聞いてないわよ!」
私達の間に、紳士が割って入ってきた。
もうこれ以上、関わって欲しくないのに、彼は好奇心旺盛な瞳でこちらをじろじろと見ては、あちらをじっと観察するかのように見据えて、それから言った。
ああ、偽物か、と。
「染めているな」
「なんですって!」
「いや、染めているだろう。髪の色素を変更したのか。それは危険な魔法薬を飲んだと見える。後遺症が無ければいいがな‥‥‥例えば、今ある髪以上には生えてこないとか、な」
「ひっ? そんなっ! 殿下はそんなこと一言も――ッ」
と叫ぶと、ミザリーは自分の腰まである銀髪を両腕で抱き寄せるようにして確認する。
その手が後頭部の生え際をなぞった数秒間で、あちらの連携が崩れてきたような気がした。
「身分を偽れば死刑‥‥‥まあ、あの場ではそんな発言はなかったな。これは除外、と。しかし、魔法、その他の特殊な技法によって外観を変え、誰かを騙そうとする行為は、どうだったか。それも王族と連携してこちらのアイナ侯女様をあざむいた罪は――死罪に相当するかもな」
「嘘っ、待って! そんなこと――これは殿下にこうすればいいと命じられただけで‥‥‥」
と、怯えた声でミザリーは両手を後頭部に当てたまま、その場にしゃがみこんでしまった。
この程度のショックで殿下の側に侍ろうなんて、甘い女性。
これまで彼の暴力にさんざんなじられた身としては、こんな仕打ちはまだまだ序の口に思えた。
「彼女はそう言っているが、お仲間はどうなんだ? 処刑台に一緒にのぼりたいのか? 実家は当然、取りつぶしになるだろうなあ」
「あ、いや。俺たちはそんなことまで考えていない」
「そうだ、巻き添えはごめんだぞ!」
「違うっ、俺はただ手伝ってくれって、そう言われただけなんだ!」
などと、今度は取り巻きたちが右往左往を始めてしまい、誰かが逃げるようにして走り去ると、多くはそれに従って消えてしまった。
「おいおい。もう少しこう‥‥‥仲間意識とかいうものはないのか? 女を置き去りにしていくなんて。おい、待てよ」
「なんだよっ! 関係ないって言ってるだろ?」
「忘れ物だ。持って帰れ。銀色の彼女がいるだろうが」
「あ、ああ……」
自分の横手を走り抜けようとした取り巻きの一人の襟首をわっし、と掴んだ紳士はミザリーも連れて消えろと彼に命じる。
後には私と紳士と、様子を見てから馬車を出してきた御者だけが取り残された。
「行こうか? 門の向こう側までは乗せてくれるんだろう?」
「え‥‥‥ええ。はい‥‥‥」
トラブルから解放されたという安堵と、危機的状況に遭遇した際の、彼の行動があまりにも手慣れているのに驚いた私は、そう頷くしかできなかった。




