第八話
自分の発言にしゅんとしょげている私を哀れに思ったのか、彼は不思議な言葉をくれた。
それは、まあまあ、私の心を回復させてくれる程度には優しいものだった。
「女神様はいつでも見守っておられる。それは偽りじゃないよ。君‥‥‥」
「アイナ、でございます。レイダー侯爵の第一息女です。父は運輸大臣をやっております」
「あー……ギレリス閣下の娘様か。なるほど、その燃えるような赤毛、淑やかで温かみのあるアイスブルーの瞳。知的なところも、強気が過ぎるところも御父上譲りだ。これは失礼をした」
「いえ、そんな。助けて頂いた上に、失礼なんて。そうですか、お父様の知己の方でしたか」
「知己というよりは、留学時に世話になったことがある」
「は?」
「何か?」
「いえ、お待ちを‥‥‥」
なんだか意味が理解できず、会話を遮って頭を回転させてみた。
私の父親は、今年、三十四歳だ。
十五歳の時に結婚し、最初の妻であるお母様との間に、私が生まれた。
学生だった時代はせいぜい、十代後半までだろう。
そうなると、この紳士は、十年以上の付き合いがあるということになる。
でも、私は父からそんな人物の話を耳にしたことはなかった。
途端、彼への視線に疑わしいものが混じってしまう。
外交官? という仕事柄、やはり言葉巧みに人心を惑わすのだろうか。
それに彼はどう見ても、三十代には見えなかった。
「失礼ですが、どれほど昔のご友人、と?」
「ほぼ、二十年近くになる」
試すように尋ねてみると、意外な返事が戻ってきた。
しかし、嘘を重ねているようにも、見えなくもない。
彼は訝しむように、顔を傾けていた。
「……学院に通うようになる年齢以前からの、お付き合いだ、と申されますか」
「こちらの学院に通った覚えはないがな」
「それはどうにも承諾いたしかねます」
学院に登校する年齢は下は十二。上は十八と決まっている。
いま問いただしたのは、父親の年齢を勘案したのではなく、彼の。
目の前にいる栗色の髪の毛をした紳士を、仮に二十代後半と見立てての話だった。
二十年近い仲ならば、彼はどう考えても三十代を越えていることになる。
しかし、その髪のどこにも一筋の白髪も見当たらない。
これは嘘を語っている。
そう思われても仕方ないことを彼は口にしていたからだ。
「学院に通っていたわけではないよ。アイナ殿の祖父殿。先代の宮廷魔導師長殿から、いろいろと教わっていた。そういう話だ」
「祖父から? 内弟子ということですか? そんな話も伺っておりません。ましてや、あなたのような紅瞳の人ならば、噂くらいは伝え聞いてもよいはずです」
やっぱり、この人物は怪しい。
騎士たる第二王子を素手で下したあの手際の良さといい、私を抱きかかえたまま息を切らさない、その異常な体力といい‥‥‥彼は魔族。
もしくは、大陸北部に住むという、獣人族と考えた方が現実的だ。
そうなると問題は‥‥‥どうして、私を助けるような真似をして、ここに連れてきたの?
という疑問が生まれたことだった。




