第七話
彼は――私を助けてくれた紳士は、それを聞いて訝しんだ顔つきになり、それから「自分は何も聞いていない」とわざとらしく言ってのけた。
どうやら、私に国家機密漏洩の罪を被せる気はないらしい。
そうと知ってほっとしたのも束の間、今度は、家族のことがやはり気になり始めた。
「あなたはお早く、国外か領事館に御隠れくださいませ。私は罪を清算してまいります」
「罪? あなたにどんな罪があるというのか」
眠たそうな一重のまぶたを服の袖口でこすると、彼はそう言った。
「私は外交官としてそれなりの立場を持ち、この国に赴任しているが、あんな無礼を受けたのは始めてだな。我が国に対して王国が開戦宣言をしたかと、誤解してしまうほどに、愚かなやりとりだったよ」
まるで、私に罪過などないがのように、自信をたっぷりに、そう言ってのけた。
その愚かな行為で、殿下を気絶するまで追い込んだのは誰を隠そう、彼自身なのに。
「あの場で息の根を止めておいたほうがよかったかもしれないな」
「――っ!? なんて恐ろしいことを‥‥‥ここをどこだと思っておられるのですか? この西の大陸でも、三王国と並び称される内の一つ、ロイデル王国ですよ?」
他に海洋国家パルシェスト、農業国家レナルディアを含めて、西の大陸の東海岸を支配する三国を、そう呼びならわす。
そのうちの一つ、資源国家ロイデルに対して喧嘩を売ろうなんて、大それた国はこの大陸にはいないはずだ。
大森林を挟んでの西側に存在する、魔族や竜族の国々でもなければ‥‥‥。
と、そこまで考えて段々と自分の頭が冷えていくのを感じる。
同時に、彼がどんな人物なのか、よくよく観察することもできた。
「……紅の瞳。まさか、噂に聞く、魔王の一族‥‥‥」
ひゅっ、と悲鳴が言葉にならず、音だけになって漏れ出た。
魔族?
そんな異質な存在に助けられたというの?
それだけじゃない。
まさか、そんな‥‥‥三王国はそれぞれ、魔族と対立していると聞く。
うちの国もそれは例外じゃなくて、でもそれならどうしてこの学院に彼のような外交の使者が‥‥‥?
不安と焦りで心臓の鼓動が早くなるのが、耳にも聞こえてくる。
嫌な汗が額にべっとりと浮き上がり、前髪を張り付かせて不快な気分になる。
どうしよう――。
どっちにしても、私の人生、詰んだ?
そう諦めにもにた感情が、胸内を駆け巡る。
すると、彼はおいおい、と手を振ってそれを否定した。
「魔族ではない。人間だ。魔族とのかかわりもない。むしろ、女神とのつながりがあるくらいだ」
「女神? 女神ラフィネ様? それなら私も信徒ですわ! 意味が分からないことおっしゃらないで下さいませ」
彼のどうとでも受け取れる返事につい、語尾が荒くなってしまう。
女神教なら、つい半年前にそれまで所属していた海洋国家パルシェストの王家と揉めにもめて、さらに北に位置する辺境伯領を委譲させたことで、有名になった。
パルシェストは土地を割譲させられた挙句、そこにラフィネ聖教国という宗教国家の誕生すら認めなければいけなくなったという話だ。
そんな国の元首におさまったのは、パルシェスト王族の王太子に婚約破棄を叩きつけて独立した、剛毅で大胆な聖女様だとか。
そんな女性がいてくれたら、このロイデスもいまみたいなことには‥‥‥ならなかったはずなのに。
「女神様なんて、いらしても私のような罪人には祝福を下さらないのだわ」
「おいおい」
「……すいません。つい‥‥‥」
と、思っていても口にしてはいけないことをぼやいてしまった。
私でなくても、この身を犠牲にして家族が救われるなら……。
何もかもを捧げてもいいのに、と思ったのは――嘘ではなかった。




