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メイブリースの聖杖  作者: 秋津冴
第一章 本日は、絶好の婚約破棄日和です!
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能無しの聖女

「いや、まさか」

「は?」


 断固たる拒絶。

 思わず呆れの声が出た。

 あぶないあぶない。

 自制心を再度、起動させる。

 寝起きでまだ本調子ではなかったかもしれないから。

 私は、朝に弱い。

 その上、この王子様は上機嫌か不機嫌かのどちらか。

 二極に寄った性格をしていて、いつも他人を翻弄する。

 付き合わされるのは本当に疲れるのだ。

 頭が完全に働いていない状況で出くわすのには、ちょっと危険で厄介で、高級な存在だった。

 ここを一旦丸く収めてから、後から陛下の御前で話をすることにしよう。

 

「……ラスティン。いいえ、ラスティオル第一王子様。これはいかがしたことですか。マージはお話の趣が、この場にはそぐわないように愚行致しますが」

「そんなことない。素晴らしい朝、素晴らしい夏、素晴らしい‥‥‥婚約破棄日和だ」

「はあ? もう‥‥‥いつものような悪ふざけはいい加減にしてください」


 いやいやいや、と彼は大袈裟に手を振って、こちらの非難をどこかに掃き飛ばした。

 その仕草は鳥の雄が、雌に自分を大きく見せようとしているようにも見て取れて、どこか滑稽だった。

 思わず、失笑が漏れる。


「くっ‥‥‥ふふ」

「おい、なんだ。その態度は? 不敬だぞ」

「いえ、別に‥‥‥。御存知でしょう、まだ朝は早いのです。私は寝起きですよ」

「ちっ、これだから使えない女は」


 などと声が降ってくる。その語尾は言葉にはならなかったけれど、忌々しい、とでも付くのだろうか。

 それならば、忌々しいと思うのはこっちの方だ。

 それになんなの、いまの発言。

 婚約破棄日和?

 そんな単語、耳にしたこともない。

 丸く収まるように丸く収まるように。

 心でそう唱えて私は柔らかい声を彼に向けた。


「使えない女? 誰のことでしょうか?」

「……何でもない、我が婚約者に話があるのだ」

「話? ‥‥‥申し訳ございません、殿下。寝起きの冴えない頭では、殿下の高尚なお話は、理解できそうにありません」

「能無しがッ!」

「これはこれはまた、そんな侮辱を受けて笑っていられる女性がいるとでも?」

「能無しは能無しだ。そう呼んで何が悪い。おまけにその上に不貞を働いた、偽物の聖女というレッテルまで張り付いている。それがお前だ、マルゴット」


 ‥‥‥罵られて二年。

 我慢することもそろそろ限界の能無しですよ。

 イラッとしながらも、顔には笑顔を絶やさない。

 それが聖女の営みだからだ。

 この姿を目にした誰かが不快になるような言動・行動をとれば、それは女神様に対して不敬になる。

 聖女は女神様の現世の代理人。

 いつも素晴らしき存在でなければならない。

 とはいえ、こうも衆目の面前で罵倒されるのは――彼の行為は女神様に対する不敬もいいところなんじゃない?

 まあ、そんなことは毛ほどにも気にしていないのだろうけれど。

 この国で、王族と聖女は同列に扱われるから‥‥‥。


「そろそろ怒りの言葉を飲み込んでいただきませんと、こちらも我慢の限界というものがございますよ、殿下」


 にこやかに。

 最大限の笑顔でそう伝えてやると、よく吠える大型犬はぎょっとした顔になった。 

 目が一際大きく見開かれる。

 全身が強張り、言いたかったことをどうにか抑え込もうと努力しているのが、よく分かる。

 私になのか、女神様になのか。

 それは分からない。 


「おっ、お前という奴は。女神様の意向を嵩に着て、僕を黙らせようという魂胆か!」

「……女神様にお願いしなくても、私は殿下のことをそれほど恐れてはいませんので。ご心配なく」

「ぶっ無礼な‥‥‥!」


 どちらにせよその哀れな様は、まるで小さくて瞳の大きいチワワが、プルプルと震えながら、精一杯噛みつこうとしているようにも見えて、滑稽だった。

 そして彼は、しばらく押し黙った後。

 ようやく、自分の意見をまとめたのだろう。

 最初の頃と変わらないような、そんな外見を取り繕って、また馬鹿なことを言い始めた。


「マルゴット・エル・シフォン」

「はいはい、なんでございましょうか、殿下」

「僕は、お前に、婚約破棄を申し付ける、この不貞の輩め!」

「あー……また振り出しに戻されますか。ではそのお相手とは、どこのどなた様ですか」

「まだしらを切ると言うならいいだろう。お前の名誉のために黙っていてやろうと考えた僕が愚かだったようだ。みんな聞いてくれ!」」


 まだ諦めがつかないらしい。

 やれやれといった感じだ。そんな命令を誰が引き受けるというの、この馬鹿王子様。

 ちらりと周りを見やると、さっきから彼の罵声が王宮内に響いているせいか、どんどん人が増えている。

 このままでは陛下のお耳にまで、この痴態が入ってしまうだろう。

 それでもまだ、これを続けるというのであれば――それはそれで、見上げた根性だわ。  

 一人呆れかえっていたら、彼のテンションは逆に上がったらしい。

 今までよりも数度、大きい声で、喧伝するかのように語りだした。


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