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例によって民衆の混乱を避けるためにクラッシコ王国からほどよく離れた場所にドロマーは降りた。人の形になると、そのタイミングでレイディアントが隣に舞い降りた。そして彼女は胸壁に囲まれた町を見て懐かしそうに呟いたのだ。
「クラッシコ王国か…」
ドロマーはてっきり城下町から外れた森の中にある壊れた自宅に向かうのだろうと予想を立てていた。
だからこそ、それを裏切って街に向かったメロディアにどこに行くつもりなのかと素直な疑問をぶつけた。
「あれ? お家ではなくて街に行くんですか?」
「ええ。あの家はしばらくは住めないんで、昔に使っていた家に行きます。騎士団への報告もありますからね」
メロディアはそう言って二人をかつての自宅に案内する。森の中に構えた住居は勇者スコアを一目みたいとか、武者修行目当ての野次馬達を避けるための家だ。正式な来客や友人の来訪に備えて街中にも家は残してあった。
そしてその住居にはもう一つ秘密があった。
やがて三人はクラッシコ王国の城下町にある主要地区の中でも、大通りに面した中々に良い立地に建った一軒の家にたどり着く。その家こそが世界を救った後に勇者が立てた家であり、メロディアの生家でもあった。
ただし、世界を救った勇者の家として見ると少々みすぼらしくも思える。だが勇者スコアの性格を知っている八英女の二人からすれば、きっと様々な特権や報酬を断ったり、貧しい人に施したりしているのだろうと確信めいた予想はできていた。
二人はメロディアに続いて家の中に入っていく。途端に淀んだ空気が鼻孔をかすめた。定期的に掃除はしていることは見てとれたが、しばらく空気が佇んでいたようで湿った埃の匂いがした。
それはメロディアも自覚していたので何はなくとも先に窓を全開にして新鮮な風と光を部屋の中に取り込んだ。たったそれだけのことでも家が息を吹き返したかのように生き生きとし出した気がした。
◇
そうして荷物を下ろすとメロディアは更に二人を家の奥へ連れていった。奥には下に続く階段があり、それを降りると更に広々とした空間が広がっていた。
並べられた机と椅子。
綺麗に掃除された厨房。
「もしかしなくても…ここは食堂ですか?」
「はい。両親がほぼ道楽でやっていた食堂です。ここを営業再開させてしばらくの生活費を稼ごうかと思ってます。僕一人ではどうしようもなくて屋台を引いていたんですが、お二人という人手が確保できましたので」
「なるほど。ここで給仕係りでもして借金を返せと」
「ええ。料理は僕が担当しますので、お二人に店の事をお願いしたいと考えています」
メロディアが自分の考えを打ち明けるとドロマーがふふふと愉快そうに笑いだした。
「なんだ、その笑いは?」
「いえ、実は密かに憧れていたんです」
「給仕にか?」
「給仕係というか、こうして町で働くことに対してですね。剣を持って戦うばかりの日々でしたから」
「そう言うことか…確かに分からなくはない」
「ふふ。メロディア君の料理を食べて満たされた人を私が食べて満たされる。素晴らしいお店です」
「そんないかがわしい飲食店にするつもりはない」
「ダメですよ、そのような時代遅れなことを言っては。フードポルノという言葉もあるくらいですから」
「意味が違えよ」
メロディアは隅から箒などの掃除道具を取り出すと、それを二人に渡した。一応はこの店舗の事も気にかけてはいたが、営業を再開するとなると掃除は必要不可欠だ。それに加えて鍋釜包丁などの調理器具は使わないと錆びるので、屋台や普段使い用に森の自宅に粗方持っていってしまっている。野ざらしになっているであろうそれらもこちらに持ってこなければならない。
それに材料の定期購入をするために業者に連絡をしたり、屋台をやめて再び食堂を再開することを告知したりと、ただ店を開けるだけでもやることは山積みだった。
「で、僕は森の方の家に行って必要なものや無事な家具なんかを持って帰ってきます。お二人は店の掃除をしててください。終わったら今日は自由にしてもらって構いません。二階と三階には部屋も沢山あるので、お好きな部屋を自室にしていいので」
「承知した。借金を返しきるまで大人しく従おう」
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