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ヤタムは部屋に辿り着くと落胆した。シャニスが目に見えて疲弊して、とてもだらしない格好になっていたからだ。
(パパの調子がよりにもよって今日悪くなるなんて…どうして?)
そんな愚痴を何とか胸中に抑え込み、ヤタムはシャニスの着替えを手伝い始める。
「今日は大分めかし込むんだな。何かあったのか?」
「ふふふ。シャニス様のお誕生日ですよ。お忘れですか」
「…そうか。今日だったか」
「ええ。お子様方も全員お集まりですから。着替えて参りましょう」
「そうか…そうか」
シャニスの着替えを手伝いながら、ヤタムは心の底から今日という日が無事に終わってくれるように希っていた。
◆
そしてシャニスが子供たちの待つ部屋に来ると空気が少しだけ堅くなった。それは偏にヤタムの底知れない執念が滲み出した緊張感からくるものだ。
子どもらは妙な雰囲気には気が付いたものの気のせいだという事にして、口々に父親にお祝いの言葉を述べ始める。
「お父さん。七十歳の誕生日、おめでとうございます」
「ああ。ありがとう」
「これを受け取ってください。私達五人からの贈り物ですわ」
「ほう…これは?」
「スビーナセ・ラシオ先生のお作りになった花入れです。」
それはシャニスが長らく執心していた陶芸作家の作だった。質素倹約を地で行くシャニスは芸術品を誇らしげに購入することはないが、スビーナセの作品だけは別扱いで大層な気に入り様を見せていた。
「ほう。これは中々いい。スビーナセ先生か…こんないいものを作る方がまだいたんだなあ」
まるで初めて名前を聞いたようなシャニスの物言いに五人は少々惑う。唯一、ドロマーから事前に一滴の真実を匂わされているヒカサイマだけが猜疑に満ちた目を向けてきていた。
「この動乱の時勢にのうのうと隠居生活をして、家の事を任せっきりにしているのは私も不甲斐なく思っているよ」
「何を仰いますか。お父さんが頑張ってこられたからこそ、領民たちはこのローナ家を信用してくれているのです」
「ええ。私達はローナ家に泥を塗らぬようにしているだけ。礎を築いたお父さんの功績とは比べるのも烏滸がましい」
「しかし…私だって正しい人間じゃない。だからこそせめて生き方だけは正しくしようと思っていた。アレは…アレは、何だったか。」
急にシャニスの雰囲気が変わったことにその場の全員が気が付いた。中でも一番冷や汗を掻いていたのは他でもないヤタムだ。そして急かすように言う。
「シャニス様。お祝いの席でそのように落ち込まれてはお子様たちも困惑してしまいます。料理も出来上がっているのですから、温かいうちにお召し上がりになってくださいませ。レイディアント様、お料理の準備をお願いいたします」
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