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その頃、ヤタムは覚悟と祈りを込めた表情で会食会場の最終チェックをしていた。
実を言えばヤタムの目的はシャニスの命を奪う事でも、ローナ家を没落させることでもなく、別のところにあった。それは父であるシャニスを母の待つ『エンカ皇国』の我が家に迎え入れるという事だった。
本来であればシャニスから送られた指輪を証拠にして、父のシャニスを説得するつもりだった。仮に自分の条件を飲んで母と一緒に暮らすと約束してくれるのであれば、積年の恨みを全て水に流してもいいという覚悟も持っていた。
しかし十数年ぶりに顔を合わせた彼は初期の認知症が始まっており、ヤタムの事も母親の事もエンカ皇国での出来事の事もかすんだ程度にしか覚えていなかったのである。
その事実に諦めることのできなかったヤタムは、絶望するよりも先にどうすればいいのかを模索した。
結果、シャニスの認知症を反対に利用してしまおうと考えた。まだ辛うじて自分たちの事を覚えていたシャニスを言いくるめて、半ば無理やり専属の侍女としての立場を得ると簡単なマインドコントロールを施しながらローナ家を裏で操ってしまおうと画策したのだ。
シャニスの名の下にこの家の財産を食いつぶしてローナ家を破滅させる。
そうすればやがて行き場をなくした父を自分の家に連れ帰ることが容易になるし、母親が違うだけで日陰を歩まされた自分の人生の復讐も熟すことのできる両得の名案だった。
しかし、その為にはシャニスの認知症を外部に絶対に漏らしてはならないという条件が必須だった。そう言った意味では仕事や任務のために家を空けることの多い息子たちは格好の存在でもある。
これまでの催事は老齢による体調不良という事で誤魔化してきたが、それもいよいよ難しくなっている。だが、この誕生会さえ家族に悟られずに乗り切れば取り返しのつかない程の損害を与えられるはずだった。
「待っててね、お母さん」
ヤタムは窓の外のはるか向こうにいる母親に思いを馳せながら、自分の耳にも聞こえない程の小さい声で呟いたのだった。
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