13-9
そんな喧騒はものともせずリトムはメロディアを歓迎していた。相変わらずダウナーというかジトッとした暗さの瞳の奥に爛々とした明かりが幽かに灯っている。
部屋の中は廊下と同じようにスプレーアートやポスターーで全面が覆われていて、壁には壊れたアンプやスピーカーが乱雑に置かれていた。まるで不法投棄されたライブハウスを占領しているかのような佇まいだ。中にもガラの悪そうなのが数人いたのだが、メロディアとは旧知の仲でリトムの恋人であることも知っている。なので野次や冷やかしを飛ばされこそすれ、表のように絡まれる事はなかって。
リトムはそんな連中をキッと睨みつけると更に奥へと消えた。その先はエレベーターが備え付けられており、迷う事なく最上階へ進んでいった。
最上階はリトムのプライベートルームになっている。生活感に溢れ、お世辞にも片付いているとは言えない。けれどもそれは今に始まったことではなかった。
蹴り飛ばすように荷物を避けると辛うじて椅子が顔を覗かせた。
メロディアを座らせたリトムは何故かロリポップを取り出して差し出してくる。お返しと言わんばかりにクッキーを差し出すと初めて笑顔らしい笑顔を見せた。
「急にごめんね」
「いいよ、メロディなら。でも…貰うもんは貰わないとね。宿泊代はキチンと体で払って」
「もちろん」
メロディアはもぞもぞと服を脱ぎ始めた。上半身が露わになると抱きかかえているように跨がられた。そしてピアスのついた舌でメロディアの首筋を一舐めする。ぬるりとした舌の感触とピアスの金属的な感触が同時に伝わる。
このままベッドインでもおかしく無い妖艶な雰囲気が二人を包む。
たが次の瞬間、同じ場所に鋭い痛みが走る。まるで注射針を刺されたような痛みで、そのままチュウチュウと生き血を吸われ始めたのだ。
けれどもメロディアは取り乱す事もなくそれを受け入れている。
彼女が…リトムが『吸血鬼』という魔族である事を知っているからだ。
やがて満足したリトムの唇がそっと離れる。さっきまでの不機嫌そうな顔が嘘のように崩れ、至福を体現したような顔つきになっていた。
「甘くて美味しい…!」
「良かった」
「で? 一体どうしたの? アタシが押しかけるのは何回かあったけど、メロディからは初めてじゃない?」
「ちょっと親が帰ってきてさ」
「…魔王様と勇者の?」
「そう」
「マジで…?」
リトムはトーノが元魔王だと知っている数少ない人物だ。正式に男女交際を始めた頃に信頼に足る人物だと思って自分の諸々の秘密を打ち明けていた。そして現在、それを後悔してはいない。
そして更にもう一つの秘密を打ち明けようとも思っていた。
「こ、今度こそお会いしたいんだけど…?」
「うん。しばらくいるみたいだから明日にでも」
「ちょっと待って、鼻血出そう」
メロディアが世間的には没している八英女に憧れを抱いていたのと同じように、リトムもまた魔族として魔王ソルディダ・ディ・トーノを信奉するレベルで尊敬していた。
興奮した素振りは見せず、ローテンションではあるがかなり浮足立っている。
彼女は魔界を追われた魔族の一員であり、方々を流れてこのクラシッコ王国の城下町に辿り着いた。
当初は魔王を討った勇者スコアを敵視しており、スコアとその息子の噂を聞きつけて報復しようとしていた。要するに八英女と同じような事を企んでメロディアに接触をしていたのだ。
流浪している内にできた魔族仲間と徒党を組みメロディアを襲ったのだが、当然遅れを取ることはなかった。その時、鋭敏にメロディアの中に流れる魔王の血統を漠然と感じ取ったリトムはそれを恋心に昇華させたという経緯を持つ。その流れでメロディアは自分の生い立ちについて暴露をしたという訳だ。
「しかも、さ」
「うん?」
「八英女は当然知ってるよね?」
「一般教養レベルなら」
「その八英女が…全員生きてたんだよ」
「…は? いや、勇者スコア以外は死んだんでしょ?」
「それがね…」
と、メロディアはまたしても秘密を共有した。これまで自分の身に起こった事、そして我が家がどういう状態になっているか。今現在、組んず解れつの有り様になっているがためにリトムに一夜の宿を頼んでいるのである。
最初は唖然としていたリトムだったが、徐々に好奇心に満ちて来ているのが分かった。
八英女が魔王の手によって魔の眷族となってしまった事は彼女にとって必ずしも悲報ではなかったからだ。
「会いたい」
「ああ、うん、まあ…会わせるよ」
歯切れの悪いメロディアとは対象的にリトムは実に爛々とジト目を輝かせていた。
さてさて、戻る頃には八英女は一体どうなっているのか。期待と不安が見事に入り混じった感情を胸にメロディアは久しぶりに恋人と食事を共にする事になった。
◇
翌日。メロディアはリトムのベットの上で目を覚ました。吸血鬼である彼女は完全に昼夜の活動時間が人間と逆転している。
太陽光を浴びたとてどうにかなる訳ではないが不愉快である事には変わりない。いつか例え話でテレビ画面でゴキブリを見る程度には不愉快と言っていた。
メロディアも体力的には徹夜くらいはできたものの、寝顔が見たいと懇願されたので大人しくベッドを借りたのだった。
「リトム、お早う」
「お早う。眠れた?」
「うん。ぐっすりとね」
「ふふ。いい顔だったよ」
寝顔を褒められるというのは中々に気恥ずかしい。寝顔を見るどころか他人の夢にすら入れる自分が言うのものアレだけど。
起きたメロディアは自分にとっては朝食、リトムにとっては夕食を作るために台所へ向かった。キッチンは他の部屋の有り様に比べれば大分片付けてある。
メロディアが料理好きと知ってからはいつ彼が訪れてもいいようにとリトムなりに頑張っていたらしい。ただ生鮮食品は皆無でジャンクフードばかりだったので、メロディアは転がっていた缶詰めを駆使して簡単なパスタ料理を拵えた。
「早速、今日の夜にでも来る?」
「え? いいの…?」
「多分、大丈夫」
多分、という言葉の中にメロディアは色々な憶測を混ぜた。自分の直感を信じるなら勇者スコアが八英女と魔王をどうにかしてくれているはずだから。
後は食材を買い揃えて八英女らを持て成す料理を作るのが目下の目的だ。朝昼は間に合わないからやはり夕食が狙いどころか。流石に一晩空けたのだから熱りも冷めた頃だろう。
勇者スコアと八英女、あと魔王。この十人をどう持て成すか。図書館で歴史や逸話を読み漁り、少なからず行動を共にした経験からある程度のレシピは作れたけども…何だか決定打に欠ける。
あの十人が過去の蟠りを解き、一つになれた事を記念した料理と言うと中々に最後のピースが嵌まらない。
メロディアは簡単な朝食を並べながら改めて今日の予定について思いを馳せていた。
「買い物あるんでしょ?」
「え?」
「料理しながら料理の事を考えてる」
「あはは…」
「結構珍しい食材でも使いたいの?」
「いや、多分スーパーで売ってるモノで事は足りそうなんだけど」
「そう? もしも外に狩りに行くんなら手伝うよ」
「ありがとう。でも…」
狩りに行くほどじゃない、と言い掛けてメロディアは止まった。リトムの一言で天啓を授かったのだ。構想の枠組みが固まると次々とアイデアが固まって行く。
あっという間に十人を持て成すレシピが出来上がった。
そんな具合に頭が高速回転しているとは露知らず、リトムは心配そうに話しかけてきた。
「メロディア?」
「ありがとう、リトム!」
メロディアはフライパンの中の料理を空中に放り投げると神業的な手さばきでソレを皿へと乗せる。
リトムの好みに焼き上げたトーストと紅茶を合わせて出すと語らいながら朝食を食べた。その間もメロディアは料理の事をアレコレと喋っていた。リトムがウンザリな顔を浮かべるまで彼の口は止まらなかった。
◇
メロディアはリトムと別れると一路、城下町の我が家に戻った。父スコアが魔王と八英女をどうにかしてくれているとは信じているものの、実際のところどうなっているかは分からない。
不安と期待が入り混じったままに実家の食堂の扉を開ける。
メロディアの胸中とは裏腹に店内は物音一つなく、静寂の住処となっていた。恐らくは秘密の扉をくぐった先にある地下の寝室にいるのだろうが、自分で起こしに行くのは気が引ける。
自分の親が情事を重ねているかも知れない部屋に凸出来る訳ねーだろ。
朝、というよりも昼食の準備もしたいし様子見と声掛けを誰かに頼む他ない。そこでメロディアは奥の手を使う事にした。
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