13-8
店を出たメロディアは本当に図書館を目指した。父に言ったのは決して口から出任せではなく調べたい事があったからだ。
過程はどうなるか知ったことではないけれど、勇者スコアが八英女と魔王を闇の中から救い出してくれることは信じ切っている。その後に悪堕ちから救い出された八英女を正式に持て成したい。その為には八英女の歴史書や書籍を読み漁っては彼女たちへの理解を更に深めておく必要があると考えたのだ。
メロディアは道すがら屋台に立ち寄りホットサンドを注文した。食べ歩きしながら街を見渡すと新規開店していたクッキー屋が目に入った。料理人としてクッキーといえども新しい店の品揃えや味は気になるところ。適当に物色しようと思っていたが、店に入った途端に芳醇な香りにすっかり気を良くした。ここまで見事に焼き上げられているのなら、わざわざ食べなくても美味しいことは分かってしまう。
自分用とこれから向かう図書館の知り合いへのお土産、そしてもう一人に向けてそこそこの量のクッキーを買う。つまみ食いをする子どものように齧ると、やはり綻ぶ程に美味しかった。
クラシッコ王国内ではそこそこの有名人であるメロディアは道すがら色々な人に声を掛けられる。それは図書館に行っても同じことだった。
入館料を払って司書のもとへ行く。すると恰幅の良い中年男性がメロディアに気が付き、手を上げてきた。
「おお、メロディア君。こんにちは」
「こんにちは、フジワラさん。これ皆さんで食べてください」
「おお! 差し入れとは嬉しい。今日はどうした? またレシピ本でも調べるのかい?」
「いえ、今日は八英女について調べたいんですよ」
「八英女?」
フジワラは頭にクエスチョンマークを浮かべる。メロディアが八英女について造詣が深いのは周知の事実。この図書館にある八英女にまつわる書籍はすべて網羅しており、その点に関してはそこらへんの史書よりも詳しいと言っても過言ではない。そんなメロディアが今更何を調べようというのか。
「そうは言っても忘れてしまっている事もありますし、新しく入った書籍もゼロではないでしょう?」
「まあ、な」
「とりあえず全部持ってきて貰っていいですか?」
「ぜ、全部!? 貸出上限は…」
「言っても伝記、歴史書、絵画集とか大小合わせて二千冊くらいでしょう? 読み終わったらすぐに返しますので」
「そんなの何日あったって…」
足りないだろ、と言いかけてフジワラは言葉を飲んだ。確かに普通の人間だったらそうかも知れないが、目の前にいる少年は普通じゃない。
というか前にも似たようなオーダーで図書館内の料理や調味料にまつわる資料を用意したことがあったのを思い出した。
するとフジワラはブルッと武者震いをしてから応えた。
「よし、任された。クラシッコ王国大図書館の司書の威信にかけて用意しよう!」
「よろしくお願いします!」
それからメロディアは鬼のような数の蔵書を鬼のような速さで読み進めていった。言われたようにほとんどが見たことのある資料ばかりだったけれど、新規の書籍やすっかり忘れてしまっていた史実などが確認できたので無駄な時間ではなかった。やがて閉館時間を告げる鐘が鳴るのと、最後の一行を読み終えるのは示し合わせたように揃っていた。
付き合ってくれたフジワラを始め図書館の職員達に丁重にお礼をしつつ、外に出る。もうすっかりと夜の顔になっていた。
残っていた自分用のクッキーの残りを口に放り込む。宣言通り家に戻るつもりのなかったメロディアは城下町の西へ向かって歩き出す。
今晩の寝床を貸してもらうために、恋人の家に向かうつもりだった。
◇
栄華と優美さを誇るクラシッコ王国の城下町ではあるが、街の隅々にまで王の威光と恩恵が行き届いている訳では無い。
犯罪や生まれの問題から日陰に住まざるを得ないような住民も当然ながら存在している。特に魔族に対しての風当たりは強い。
世の中には知的レベルが高く人間とコミュニケーションを取ることのできる魔物が一定数いる。それらを魔族、ほぼ猛獣に近い魔物を魔獣と呼んで区別をしているのだが、多くの人間はその分類などはまるで無視して魔族を忌避する傾向があった。
特に魔王が討たれた後、魔界へのポータルが完全に閉じられる前に魔界を逃亡した一派や、そもそもこの世界に魔族として生まれ人間に擬態することで食いつないでいる魔族など様々だ。
メロディアが訪れていたのはそんな魔族たちが閉じ込められるように過ごしている一角、特にこの辺りには戦争孤児であったり、素行が悪く反抗的な態度を取って勘当された人間の少年少女達の受け皿にもなっている区画だった。
如何にも怪しげなネオンの光るビルの地下がメロディアの目指す場所だ。そこは音楽スペースになっており、楽器を持って屯している連中が数組あった。
スプレー塗料での落書きやステッカーなどで地下への階段や廊下の壁が彩られている。その一番奥の陰鬱とした部屋にいるのがこの辺りのボスだ。
部屋の前にはパンクファッションの男女数名がタバコをふかしたり、酒瓶を傾けたりと柄悪く集まっていた。当然、皆の視線は相当場違いなメロディアに集中する。そして件の部屋のノブに手をかけたところでとうとう呼び止められた。
「おい…何のようだ?」
「リトムに会いに来ました」
「は? テメエみたいなガキがリトムさんに何の用だよ」
「それはプライベートな事なんで」
「舐めてんのか、あ!?」
するとその時、例の扉が重々しく開いた。中からはジトッと陰鬱な眼差しの女が現れる。歳の頃は十七、八でメロディアよりも少しだけお姉さんといったくらいか。目に痛いくらいの赤い髪とタトゥー、それに耳、目、鼻に開けられた夥しいピアスが印象的だ。パンクを極めたようなファッションだった。
その女を見定めた途端、喧嘩腰でメロディアに突っ掛かってきた何人かが石のように固まる。
「り、リトムさん…!」
「うるさいんだけど、何してんの?」
「いや、知らない奴がいきなりリトムさんに会わせろって」
「ん?」
比較的小柄なメロディアはすっかりと取り巻きの影に隠れていた。なので横から顔を出して気さくに挨拶を飛ばす。
「こんばんは、リトム」
「! メロディア…」
「今日、泊めてもらいたいんだけど」
「…いいよ。まず入って」
すると腕を捕まれ勢いよく部屋に引きずり込まれた。そしてリトムは外の連中に淡々と告げる。
「今のはメロディアって言ってアタシの恋人。覚えておいてね」
バタンっと扉が閉まる。外からは、
「リトムさんに恋人ぉぉ!!??」
と、絶叫が聞こえて来た。
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