13-3
「い、今魔王がどうとか言わなかったか?」
言いながら厨房から店主のコンドーが飛び出してくる。勇者が魔王を討ったと伝えられて二十余年、巷では魔王が復活したとか、新たな魔族の勢力が現れたとか勇者の功績に陰りが出て来てそのような噂を口にする者も多い。それは隣国との戦争が仄めかされたり、或いは経済の悪化から来る不安が根幹にある。
というか、そもそも魔王が勇者に討たれたという事実そのものからして嘘なのだ。
バレないように上手く立ち回っては来たものの、綻びが出てしまうことは不思議なことではなかった。
それはさて置きまさか店主に真実を話す訳にもいかない。メロディアは咄嗟に考えてコンドーに言い訳をした。
「コンドーさん、こんにちは」
「ん? ああ…メロディア」
「すみません、また魔王の噂を聞いたと話していたら、酒を飲んでるのに景気の悪い話をするなと母が声を出しまして」
「なるほど、そういう事か。トーノさんは魔王の話するの大っきらいだからな」
「あとここに残った料理、包んでもらっていいですか? 本当は食べていきたかったんですが、事情が変わっちゃって…」
「構わんさ、また新メニュー作る時は知恵を貸してくれ」
「勿論です」
そうして帰り支度を整えた一行は、結局は「ミューズ」へと向かうことになる。八英女達はドロマーを抱え込みながらも、やはり迂闊な事はできないと緊張しながら後をついていく。
唯一、屈託なく魔王と話ができるのはこの場ではメロディアだけであった。
「帰ってくるのに随分、時間かかったね」
「旅先で少し込み入ってな」
「父さんと母さんが込み入るって何があったの」
メロディアの言葉でその込み入った事情を思い出した魔王は思い切り眉をしかめた。
「…ええい。思い出しても忌々しい」
「ごめんごめん。そんな顔しないで魔力が漏れてるから」
「戻ったらメロディアの料理が食べたいの。あの店も悪くはないが、やはり一人息子の手料理には叶わん」
「そりゃ嬉しい…ところで父さんは? それとこの女の子は?」
「…全部家に着いたら話す。今は聞かんでおくれなんし」
流石にそんな勿体ぶられてしまうとメロディアも不安になる。だが聞くなと言われてしまってはどうする事もできない。
ちらりとその女の子に目を向けると、恥ずかしいのか麦わら帽子を深く被りって顔を伏せてしまった。
ものの五分もしないうちに家に着く。
ひょっとして家にスコアがいるのではと思っていたが、やはりもぬけの殻で店内は静まりかえっていた。
「ようし! とにかく無事の帰宅と懐かしい顔ぶれとの再会を祝おう。メロディア、たんと酒を持ってきてくりゃれ」
「…じゃあ皆さん。母さんとその子の相手をよろしくお願いしますね」
少々気が引けたが、会いたいと切に願っていた魔王と再開ができたのだからよし、と割り切って厨房へと消えて行った。
しかし麦わら帽子の女の子もトテトテとメロディアの後を追っていなくなってしまう。
そうしてメロディアが見えなくなった後、魔王は腰掛けると共にかつて自らの手で勇者スコアから引き剥がし、魔道に引きずり込んだ面々を見たのである。
「改めて言うが久しぶりじゃな、お主ら」
「…魔王様もお変わりなく、と言いたいところですが大いにお変わりですね」
「うむ。二十年ばかし経っておるからの…しかしお主は初めて見るな」
魔王ソルディダは視線をレイディアントに向けた。
レイディアントだけはかつて魔界にて唯一魔王と接触する機会がなかった。情報として勇者スコアのパーティの一員とは知っているが、顔を見合わせるのは今回が初めてだった。
目と目が合ったその刹那。レイディアントは聖化で翼を拡げると、七人を吹き飛ばした。現状で戦いを挑んでも他の面々は魔王を庇うことは必至の状態。
彼女にとってはこの瞬間こそが裁きに値するかどうかを見定める最初で最後のチャンスであった。
素早く槍を構えるとテーブルを持ち上げるように下から潜らし、死角から喉元を狙った。その勢いでテーブルも明後日の方向へ飛んで行き、後には椅子に腰掛ける魔王だけが残っていた。
「何故、避けん?」
「わっちを見定める為の一撃だと見え見えでありんす。止めると分かっている槍を避ける必要がありんせん」
「ぐっ…この一瞬でそこまで見破られるとはやはり実力は本物か」
「まさかこんな悟空と未来トランクスのやり取りをさせてくれるとは思わなんだ」
「この期に及んで、我を舐めるなよ!?」
闇堕ちとともに力の解放を覚えて自らの強さを一段階上げられたと自負していたレイディアントは、それでも埋めきれない実力差に冷や汗を掻いた。
そうして出来た心の揺らぎを見抜いた残りの七人がすぐに魔王を庇おうとレイディアントを静止にかかる構えを見せる。
しかしながら、当の魔王がソレを制した。
「お主ら動くな」
そうしてレイディアントの想像さていた極悪非道の魔王像は裏腹に凛と澄んだ瞳を見せる。
「あ奴らの中にいたということは、お主が守護天使レイディアントじゃな?」
「如何にも。スコアもここにいる仲間達も貴様によって籠絡させられた、不様な我こそがレイディアントだ!」
「わっちは元・魔王のソルディダ・ディ・トーノ。お主の七人の仲間については言う通りわっちのせいじゃが…スコアは違うぞ。籠絡されたのはむしろわっちの方。始めの頃は拙かったが、いつしかリリム・サキュバスのわっちでも骨抜きにされるほど、こう、指と舌の動きが…」
「やかましい! 痴れ者め! 何の話をしている!?」
「それはさて置き、今は争う理由はござりんせん。槍を納めてくりゃれ」
「貴様になくともこちらにある」
「うむ。お主の事はスコアやそちらの七人から聞いてはいたが、聞きしに勝る正義感でありんすな。では身を持ってわっちに敵意がない事を証明しよう」
「何を…」
するつもりだ。と聞こうとした時には遅かった。
魔王は慈愛に満ちた笑顔とオーラとで優しくレイディアントに呼び掛け、そして包み込んだ。その瞬間、レイディアントの自我は忌むべき悪癖に飲み込まれては、魔王に受け止められていた。
「マミィ♡」
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