13-2
◇
明くる日。メロディアと八英女は賄い人たちに粘り強く引き留められながら宿舎を後にした。
「また何時でもいらしてくださいね、お姉様方…」
「はい。また様子を見にきますよ、ですから泣かないでドルシー」
「うう…ふとした瞬間に思い出しては泣いてしまいそうです」
「ふふふ。サキュバスたる者、濡らすのは枕でなく股関にしておきなさい」
「はい」
「はいじゃないが」
こうして振り返ってみると本当にサキュバス化を抑え込まずに帰って良いのかと不安になる。
けれど、やはりメロディア個人の考えからすればそれは避けたい。
自分の血の半分はサキュバスなのだ。それが無条件で糾弾されるべきような悪しきものだとは思いたくない。使い方を間違わなければ誰かの役に立てると、そう信じている。
そうして半サキュバス軍団に見送られつつ、メロディア達は家路についた。
「思ったよりも楽しかったな」
「そうですね、若い男の活力に満ち満ちていましたし」
「料理も錬金術も根っこは同じですね。分量と配合を見誤らずにいれば美味しい物が作れるとは目からウロコでした」
「ねえねえ、若旦那〜」
「なんですか?」
「働き詰めだったしさ、今日くらいは外でご馳走でも食べない? お給金だってここにいる全員の合わせれば結構良いもの食べられるでしょ?」
「…あー、まあ、そうですね」
ラーダの提案にメロディアは難色を示す。特に断られる理由の思い付かなかった八英女はメロディアの歯切れの悪さに何かを感じ取った。
勿論、メロディアが渋ったのは両親が既に家に帰ってきていることを知っているからだ。ただそれをどのタイミングで伝えるべきかを迷っていたのだ。
「メロディア様、どうかなさいましたか?」
「いつ言おうかと機会は伺ってたんですけど…」
「?」
「皆さんに朗報が」
「誰か懐妊でもしたんですか?」
「真っ先に思いつく朗報がそれかよ」
あれだけ懲らしめても変わんねえな、こいつら。と、そんな感想を抱いた。
すると悩んでいた事そのものがバカバカしくなってしまった。
「実は両親から手紙を貰ってまして」
「はい」
「父さんと母さん…つまりは勇者と魔王の二人がもう家にいるらしいんですよ。僕らの帰りを待ってるそうです」
「…」
八人の時間が止まった。歩みも呼吸も瞬きもしていない。文字通りの完全停止だ。
メロディアの言葉はそれほど衝撃的だったし、理解をするのに時間を要した。その反動か、頭が全ての点を線でつなげた瞬間に八人は疾風怒濤の如く走り出した…が、それはメロディアの召喚した触手によって絡め取られ、静止させられた。
「気持ちは分かりますけど落ち着け」
「離せ、メロディア。我にはスコアと魔王が本当に処すべきかどうか見定める義務がある!」
「私もスコアの愛が消えたのかどうか確かめたいです。離してください!」
「メロディア。オレの触手の締め付けをもっと強く!」
「黙ってろ、マゾ精霊!」
「いいねぇ! その言葉責めぇ!」
くそぅ。好きあらば性欲を満たしに来やがって。ペースを乱されないようにしなくては。
「とにかく全部をなぎ倒して猛進するのは止めてください。門の先は街なんですから」
「くっ! 殺せ!」
「いい子だから」
「はーい、ダディ♡」
メロディアはどうにかこうにか八英女の興奮を抑えて、冷静さを取り戻させる。しかし八人にしてみれば、それが少々誤算だった。
自暴自棄の勢いが削がれてしまうと、スコアと魔王に対して今度は緊張や気恥ずかしさ、得も言われぬ不安など様々な感情と対面する事になってしまっていた。
次第に帰る足は重くなり、次の角を曲がれば家に着くという時。とうとう臆病風に吹かれてしまったのだ。
◇
「…なあ、みんな。どっかで一杯引っ掛けてから行かない?」
そしてミリーが髪の毛を膨らませながら言う。
するとその言葉を待ってましたと言わんばかりの勢いで、七人は賛成した。
「妙案ですね、ミリー」
「わ、我も断る理由はない…」
「僕もちょっと薬をキメてから」
「マゾだからって覚悟できないのは辛いしな」
「こういう時にそういう事を言ってくれるミリーのこと好きだよ、アタイは」
「この後、エロい事になるは必至。身支度を整えたい」
「お姉様がお望みなら私も従います」
そこまで雁首揃えて言われてしまっては、メロディアも断りづらい。
仕方なく一同は踵を返して、昼酒の飲める店を探し始めた。とは言えども、ここはメロディアが勝手知ったるクラッシコ王国の城下町。取り分け飲食店の事ならガイドブックよりも詳しい自信があった。
家から遠くても面倒なので、最寄りの大衆食堂へ入る。朝食にも昼食にもならない半端な時間であったせいで客席はほとんど空いていた。
そのせいで一際目立っている客がいる。
二人だというのに十人掛けの大きなテーブルを使い、その上には皿や空いたワインボトルがひしめいていた。それだけならただの大食いで片付けられた話だが、目を引くのは彼女が子連れだからだろう。
働き盛りの町民や若い騎士ならいざ知らず、5,6歳の女の子を連れた母親が来るには憚られる食堂なのは間違いない。しかも酒を飲む事を咎めるつもりはないが、やはり一介の母親の行動としては気になってしまう。
かと言ってとやかくモノを言う立場でもないので、黙って横を通って奥のテーブルにでも腰掛けようとした時のこと。そのテーブルの女の子が声を出したのだ。
「メロディア?」
「え?」
まさか名前を呼ばれるとは思っていなかったメロディアと、八英女らは顔をそちらに向けた。
それと同時に母親風の女も顔を覗かせる。
「あ。母さん」
「おやメロディア、それに八英女も一緒か。お久しぶりでありんす」
「ちょっと腹拵えしてから帰るつもりでさ」
「こんなに早く帰ってくるとは思わなんだ。折角会えたのじゃから河岸を変えるかや? わっちらが留守中の話を聞かせてくりゃれ」
「って言ってますけどどうします?」
再び八人の時間が止まった。しかし今度は比較的簡単に歯車が噛み合ったようで、驚きを絵に描いたように表現した。
特にドロマーはドラゴンの咆哮と言っても差し支えない声で叫ぶ。
「魔王様ぁ!!??」
「やかましい! 場所を弁えろ!」
そんな叱責と共に魔王の手刀がドロマーに直撃する。
気絶したドロマーを支えつつも、残りの七人も唖然とした様子で魔王のことを見ていた。
こうして八英女は魔界を脱して初めて魔王ソルディダ・ディ・トーノと相見える事が叶ったのである。
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