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さてさて、新兵宿舎の水面下にてそんな珍騒動があったのが既に五日前。
八英女と賄い人達はチラチラとメロディアの顔色を伺いながら業務に徹していた。妙な企てを起こした事は置いておくと、ドルシーやリンダイを始め賄い人たちは半魔族化したことで精神的にも肉体的にも鍛えられたのは事実だ。
日々の仕事も同じ量を楽にこなせるようになり、兵士達のセクハラとパワハラもいざとなれば強引にねじ伏せられると思えば、近所の増せたガキンチョに誂われているよりもくだらないと思えるようになっていた。
賄い人たちの変化の影響は当然、訓練中の兵士にも伝わっていた。
雰囲気に余裕は出ているし、得も言われぬ妖艶さも垣間見える。
取り分け暴虐を体現していたソアドが嘘のように大人しくなり、あまつさえ配膳の後片付けを手伝ったりしていることにあ然とさせられていた。
ソアドの取り巻きも賄い人たちの言う事に大人しく従っている様を見ると自分たちも何かしなければいけないのではという強迫観念に駆られ、一人また一人と自主的に掃除をしたり食材の運搬を手伝ったりと動き出していた。
ソアドが手伝いを始めた動機は完膚なきまでに打ちのめされた事による恐怖からくるご機嫌伺いの一環で、あまり前向きな理由ではなかった。
しかし全体を見れば皆が訓練外の時間に奉仕の精神を養っているとも言える。局所的には歪んだ部分があるものの、メロディアはこれはこれで良いのではと結論付けて特にテコ入れをしようとは思っていなかった。おまけに教育係もこの時点で新兵たちの精神性の変化を感じ取り、半ば恒例になっていたメロディアによる最終日の訓練指導も中止にして差し支えないだろうという判断までできていた。
数ある変化の中でもソアドとドルシーが互いに感謝の弁を述べ伝えるようになっており、良くも悪くもこの兄妹の様子が良好に保たれるのであれば、大きく均衡が揺らぐ事はないだろうと感じている。
もうここに留まって保護観察をする意味は薄れているし、この一週間のウチに八英女も料理や配膳、片付けと凡そ飲食店の運営に必要なスキルは充分すぎる程に身に付いている。
要するにそろそろここを出て、店に戻る時期だということだ。
そんな事を考えつつ、中休みを過ごしていると不意にメロディアを呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、メロディア」
「あ、イトーさん。お久しぶりです」
「ここにいるって聞いたからよ。お届け物だぜ〜」
このイトーという男はメロディアの屋台の常連で、騎士団の一員だ。戦闘はからっきしなので主に後方支援や、物資補給、急使任務を受け持つことが多い。
イトーは例によって一通の手紙を持って来た。封筒には特別な印が押してあり、これは王室関係者のみが使える速達中の速達。あらゆる業務や配達よりも優先して届けられるという特別な証だ。
メロディアはぎくりと嫌な予感がした。これが捺された書簡というのは、基本的に政治的、軍事的に大きな転換を余儀なくされたり、魔獣の暴走やネガティブな魔法現象の発生が予知される場合がほとんどだから。つまりは大規模な戦闘が起こる可能性が示唆されているのだ。
しかし、当のイトーの顔は至って穏やかだ。少なくとも青ざめる程にマズい内容が書かれている訳ではなさそうだった。
手紙を受け取ったメロディアは差出人を見て納得した。相手は自分の父母、つまりは勇者スコアと魔王ソルティダ・ディ・トーノだったのだ。
メロディアは落ち着いた様子で手紙を読み始めた。
しばらくして「ふぅっ」と短いため息をつく。要約するに両親が思ったよりも早く家に着いたようだ。
だったらメールを送るとか使い魔を飛ばすとか、普通の手紙を寄越すとかすればいいものを…しばらく会わなかったせいでイタズラ好きな性分を忘れていた。
こうなるといよいよ早く家に帰らないと。久々に両親に会いたいと思う一方で、やはり八英女を会わせてあげたいという想いの方が強かった。
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