12-8
厨房の一切をメロディアに任せた賄い人達は宿舎の裏手に集められていた。ここには古く使われなくなった小ぢんまりとした演習場があり、鬱蒼と茂る林に囲まれているため余程意識しなければ外側から気付くこともままならない。
するとまるで意図が分かっていない皆の気持ちを代弁するようにドルシーがリンダイへ話し掛けた。
「リンダイさん。なぜここに? 夕飯の支度は…」
「いや、アタシもよくは分からないんだけどメロディアがどうしてもここに行くようにってね」
不安と焦燥に駆られる十数人の賄い人達は肩を寄せ合っていた。
その時、彼女らを取り囲むようにして現れ出でた八人の姿があった。顔は先程まで共に働いていた八英女と同じ。しかし身に纏うオーラや身に着けている服は到底本人とは思えない。
八人ともそれほどまでに煽情的で淫猥、あるいは暴虐的な格好だったからだ。
「ちょっと…あんた達」
皆で絶句する中、リンダイだけが辛うじて声を絞り出す。
恐らくは先程ソアドに呼び出された時にそういう卑猥な服を着てみろと言われたに違いないと、全員は同じような当たりを付けた。
しかしそれは外れている。
ドロマーはふんだんに魔力を込めた息を吐いた。淫靡で淫猥な雰囲気が演習場の中にいた賄い人達を包み込んでいく。
一人、また一人と意識が遠退いていきとうとう全員が立ったままに気を失ってい?ような状態になってしまった。
そんな彼女らに向かってドロマーは微笑みながら問うた。
「トルコ風呂に行きたいかーっ!?」
「何を聞いとるんだ、貴様は!?」
「ああ、すみません。この後どうするかは考えてなかったので」
「レイディアント様。今のはトルコ風呂による入浴とニューヨークを掛けた、お姉様の高度でウィットに富んだジョークでございます」
「貴様も大真面目に解説するな!」
「メロディアがいない以上、ツッコミはレイディアントになるのは必定。辛い戦いだとは思うけど頑張って」
シオーナにそう言われたレイディアントは突発性の頭痛にでも襲われたように頭を抑えていた。
そんなやり取りを尻目にソルカナとファリカが朦朧としている賄い人達に尋ねる。
「さてさて、皆様方。ボク達は素敵な提案をご用意しました」
「短いながらも共に働かせて頂いたのでこの騎士団に属する一部の殿方の傍若無人ぶりは肌で感じ取っております。同じ女として皆様の境遇には胸が痛みます」
ドロマーの催眠術で理性や外聞が削ぎ落とされているせいか、ソルカナの甘辞に涙したり歯噛みしたりと各々が感銘を受け始めていた。
次第に暴力を振るわれた、暴言を吐かれた、腕力や立場をちらつかせた上で体を触られたなどと不平不満と悔恨の渦を作っていく。
そこですかさずミリーが歩み出ては彼女らの心にトドメを刺す。
「その悔しさを晴らしたい思うのなら拳を握ってみな。あーし達が戦い方を教えてやんよ。男をどう手懐けて、どう支配すればいいのか。世の中に良い男がいない…とまでは言わないけど大多数は取るに足らないような奴らばかり。あーしらがキチンと躾をしてやらねえとな」
「…」
虚ろな瞳でドルシーはミリーの事を見ていた。彼女の頭の中にどんな屈辱と苦境が想起されているのかは知れない。
やがてドルシーは十数人の賄い人達の中で最初に拳を握り締め、ミリーに突き出してくる。それに先導されるように残る全員が同じように握った拳を突き出してくる。
それを見届けた八英女達は満足そうに笑顔を見せた。
「それで? 具体的にどーすんだ?」
「私達の魔力を使って彼女達の潜在能力を引き出します。分かりやすく言えば半分だけ魔族化させるといった具合でしょうか」
「なるほど! そもそものフィジカルを底上げしてしまえば戦闘スキル自体は大それたものを仕込まなくてもいいですもんね」
「しかも半分とは言えサキュバス化してしまえば淫らな行いにも抵抗が薄くなりますね」
「流石です、お姉様」
「あはっ! 食堂が娼館に早変わりって感じだね」
「いや、しかし待て」
どんどんと盛り上がりを見せる中、レイディアントだけが怪訝な顔と共に制止する。
「あの不届者に制裁を加えられる程度に強くするという話だろう。悪戯に性を貪るような真似、メロディアに知れたら…」
「大丈夫ですよ。いくらメロディア君とは言えども朝昼晩の三食を三百人分用意するのは至難の業。こちら側を気にする余裕はありません。彼女達を鍛えるのも事実。水面下でこっそりと事を運びましょう」
その言葉をきっかけに八英女は訓練を開始した。徒手戦法、武器、魔法。そして男の貪り方。
人知れずの内、王国騎士団の中に淫らで強靭なサキュバス軍団の礎が出来上がっていくのだった。
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