12-7
「どちら様ですか?」
「ひゃあ!?」
この殺伐とした雰囲気の部屋になんとも素っ頓狂な悲鳴が聞こえた。見ればさっきまで厨房で一緒に仕事をしていた賄い人の女の子が尻もちをついていた。
「大丈夫です?」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ…えっと」
「ドルシーと言います」
そう名乗った少女は極めておどおどとした様子でお礼を述べた。絵に描いたような町娘で、チラチラと部屋の中を伺いたいようだ。
「ところでどうかしましたか?」
「あ、いえ。兄が皆さんに迷惑をかけてはいないかと心配になりまして…」
「兄?」
まさかの発言に八英女たちの関心と興味もドルシーに集まった。良く見ればなるほど、どことなく面影が似通っている部分がある。妹というのは納得だ。
メロディア達は快く彼女を部屋に招き入れた。
「えっと…よろしいんですか?」
「はい。お兄さんは気ぜ……寝ていますから」
「え? 寝てる?」
「うふふ。大分お疲れが溜まっていたようでお紅茶を一口頂いた後に気を失うように眠ってしまいましたわ」
「そう、でしたか…本当にすみません。さぞかし嫌な思いをなさったんじゃありませんか?」
「…」
九人は肯定も否定もせずに微笑み返した。
この妹にしてどうしてこんな兄がいるのか。メロディア達は多少なりドルシーのお陰で毒気が抜けていく思いだった。
「身内の言い訳にはなりますが今年は粗野な方が多くて…それに負けじと威勢を張っているんです。なまじ腕が立つのですっかりと調子に乗ってしまってますけど」
「他ならぬご兄弟の事ですものね。心中お察しします」
「ありがとうございます…あのこの後は引き継ぎますのでお戻りになってください。起きたらまた横暴な事を言い出すに決まってますから」
「え…でも」
「大丈夫です。私であればそれほどの乱暴はしないと思いますので」
妹としての責任を感じているのか、ドルシーは一向に引き下がろうとはしない。なので結局はメロディア達が折れて部屋を後にする。
ところが。
去り際にドロマーはソアドの処遇について名案を思いついていた。悟られないようにと必死に顔を取り繕っていたが、それは無駄な足掻きであった。
廊下の途中でメロディアが顔も向けずにドロマーへ尋ねた。
「で? どんな悪知恵を思いついたんですか、ドロマーさん」
「え、何で…?」
「そんなニヤニヤしてたら誰でも気付きますって…」
「むう」
ドロマーは拗ねるように口を尖らせたが、観念して湧き出たアイデアを行って聞かせる。
「私達が直接手を下さずにお調子者達を懲らしめるアイデアを思い付きました」
「聞きましょう」
「私達が直接できないのなら、誰かにやってもらえれば良いのです。例えばさっきよドルシーちゃんとかに」
「それは身内とは言えども厳しくないですか? 大人しく言う事を聞くとは到底思えませんけど」
「ですから実力で言う事を聞かせるように仕向けましょう。具体的に言えば私達がドルシーちゃんを鍛えて強くしてあげるんです」
ドロマーのその案に全員が「ほほう」と感心の色を示した。
確かにメロディア達が生意気な新米達を懲らしめたとて、それは一過性のもの。喉元過ぎれば熱さを忘れるの例えにもあるように、メロディア達がこの宿舎を去ってしまえば時間とともにまた調子に乗る輩も増えることだろう。
それを思えば普段からこの宿舎で働く賄い人を鍛えてしまうというのは長期的な解決策に思える。
姉のドルシーのみならず厨房の全員がある程度の腕前になってしまえばことさら良いかもしれない。
「けど、あまり現実的とは言えない気が…そんな時間ありますかね」
そう言うとドロマーは不敵に笑った。
「私達を誰だと思っているんですか泣く子も黙り、EDも勃たせる八英女ですよ?」
「妙な二つ名を付けるな」
「ドルシーちゃんだけでなく、あの食堂の賄い人全員を調教して見せます。ですからメロディア君もお手伝いを!」
「…普段なら止めるんですけど、今回ばかりは乗りますよ。流石に許すとは思ってないですから」
「ふふふ、決まりですね」
「で? 僕は何をすれば?」
「私達が女の子達を訓練します…そうですね三日もあれば新兵くらいは余裕でいなせるくらいにはなるかと」
「そんなに…?」
「ですからメロディア君!」
「え?」
「三日間、料理と給仕はお一人で頑張ってください」
「は?」
◇
そうしてメロディアは一人厨房に取り残された。まもなく三百人からの腹を空かした新兵たちがやってくる。
彼らの食事を作り、運び、後片付けをして明日の献立と仕込みをする…たった一人で。
「は?」
協力すると言った手前、断れなかったメロディアはもう一度だけ様々な感情が混濁した一言を虚空にこだまさせた。
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