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それから十分も経たない内に着替え終わった八人がやってくる。旅から旅への歴戦の戦士達だ、準備が速いということは既に承知しているので別段驚きもしない。それでもメロディアが目を丸くしたのは戻ってきた時の八人の服装だった。
どうせ扇情的か、さもなくば男に媚びに媚びるような服装を用意するものだと思い込んでいた。
ところが八人の格好はまるでメロディアの予想とは対極的なところにあった。だからこそ驚く。そしてもう一つ気が付いた事がある。八人のその格好はまるで…。
「八英女…」
メロディアは頭に過った言葉をそのまま声に出した。
飽くまでも飲食店での仕事に従事できるような装いを保ちつつも若干の愛くるしさを醸し出し、更にそれぞれが伝承に準えたかのような衣装に身を包んでいる。当の本人達なのだから準えるも何もあったものではないのだが。
それでも今まで見知っていたそこはかとないエロさや下品さはない。
まずは何よりも先頭に立って戻ってきたドロマーに目を奪われる。
清純さを惜しみ無く表す白を基調としたアーマーには、荘厳さと女性らしさを醸し出す純白のケープが掛けられている。それは彼女の本来の姿が見目麗しき白竜であることに由来しているのであろう。下半身もタイトなパンツの上に腿当てすね当てがつけられており肌の露出は最小限だった。後は剣さえ握れば、物語の挿し絵から飛び出してきたような『竜騎士・ドロマー』そのものだと思った。
彼女を起点にメロディアは残る七人に順繰りと視線を移していく。
続いて見たのはレイディアントだ。
夜明けの海ような暗い青色の修道服に身を包んでいる。だからこそ彼女の暁のような金の髪が神秘的な輝きを持っているように見えた。袖が細くなっているのは彼女の得物が槍であるからだろうし、金属製の防具でなく革製の当てがついているのは空を飛ぶ為であろう。この姿に翼が生えたとしたら、二つ名の通りの『守護天使』と例えても足りないくらいの威光を放つことだろう。
そしてミリー。
とにかく機動性を意識した体の動きを阻害しないことを意識した造りになっており、道着と普段着を足して二で割ったような服装だ。布面積事態はダントツで少ないが、卑猥さを感じないのはサラシとアーマースキンと呼ばれる極薄のストッキングのような防具のせいだろう。軽快さと同時に膝まで隠す冒険者ようのブーツと両手に巻かれたバンデージが武骨さを強調しており、魔闘家たる『音無しのミリー』の持ち味を最大限に引き出している。
次いでファリカに目が留まる。
言い伝えに聞くオレンジ色の頭巾が更にマントまで備え付けており、その下に除かせるシャツとロングスカートにはこれでもかとポケットが縫われている。そこかしこに薬剤や試験管などを収納できるようになっているのだ。ズボンではなくスカートを選択したのは、恐らくは下半身を蛇に変えても支障がないようにした結果だろう。彼女が稀代の『天才錬金術師』であることを鑑みると、アレがフル装備になった後が恐ろしい。
そのファリカの隣にいるのはソルカナだった。
あらゆる絵画で宗教的威厳を出すために煌びやかな服装で描かれることの多い彼女だが、ここに来て質素な出で立ちとなっている。しかし貧相ということでもない。黒に統一されたワンピースやレースの手袋は上品な貴婦人を思わせる。これは同時に彼女の魔導師としての潜在能力を高める魔導衣としての役割も果たしていることはすぐに察しがついた。ワンピースに合わせて作られたであろうツバの広い帽子もこれまでのイメージをがらりと変えていて新鮮だ。
そんな彼女にラーダが寄り添い、守るかのように佇んでいた。
やはりスライム式のラバースーツではない。それどころかエルフ族の伝統的な衣装に身を包んでいる。森の景色に溶け込むためにエルフ達は薄茶色のズボンと若葉色の外套を羽織っておりラーダもそれに倣っていた。そしてそれよりもメロディアの目を釘付けにしたのが、ラーダの編み髪だ。自慢の長い金髪をカチューシャのように編み込んでおり、今までに感じたことのないような美麗さを放っていた。エルフがこの世で最も美しいとされる種族であることを再認識させられる。
そんなラーダに負けず劣らずの神秘的な美しさを纏うのがシオーナだ。
ある意味でシオーナの装束は異質だ。彼女の出身であるエンカ皇国はクラッシコ王国から遥か遠くにある異国なのだから当然と言えば当然だが。シオーナの着る服は巫女服と呼ばれているものに似ていた。白と赤のコントラストが映えている上に片肌を脱ぐように唯一生身の右腕を出す着こなしをしており、うまい具合に機械化した部分を隠している。本人は相変わらずの鉄面皮だがそれが神秘性を高めているようにも感じた。
そして最後にドロモカ。
彼女は八人の中で一番変わり映えが少なかった。トレードマークの兜は健在だし、元々が半堕ちの為か過度な露出や外見から性的刺激を促すような格好はしていなかった。逆に言えば元々からして相当な美人であったと言える。それでも長旅で劣化したであろうプリーツスカートは新調されているし、慎ましやかな程度にアクセサリーをつけた彼女は持ち前の清純さに更に磨きが掛かったような印象を受けた。
すっかり見違えてしまった八英女を前にメロディアは珍しく唖然として固まってしまう。
「どうでしょうか?」
「…」
「あっは。ひょっとして見とれちゃった?」
「はい…正直見とれてます」
「へ?」
からかうつもりで聞いたラーダであったが、メロディアのど直球な返事と純粋な眼差しに面食らってしまった。そしてメロディアの回答を意外と思ったのは他の七人も一緒だった。
メロディアは構わずに言葉を続ける。
「皆さん、本当に綺麗ですし可愛らしいです!」
「あ、ありがとうございます…」
何とか胸中だけに留めようとした狼狽だったが八人はうっかりそれを外に漏らしてしまう。ここまで無垢な尊敬の念を抱かれてしまうと、いくら悪に堕ちた身といえども八英女としての責任感や誇りのようなものがチクっと自分を責め立てるようだった。
しかも彼女たちにはもう一つの後ろめたさがあった。メロディアには黙っていようと口裏を合わせていた事がある。
かつての栄華を取り戻したかのようなこの格好は八人が揃ったことで悪堕ちの美学を見直した結果だったのだ。
即ち悪堕ちの一番の魅力とは堕ちる前と堕ちた後との対比にあるという思想だ。
悪には悪の正義があるという言葉の通り、八英女にも悪に身を染めた者としての矜持がある。栄光が堕落に、貞操が淫靡に変わる事こそが自分達が持つ最大の魅力であると熟知している。
人は正義を乞うのと同じように悪や闇や魔に得も言われぬ魅力を感じる生き物だとその身を以て心得ている。本来であれば秘すべき感情を表に発露することに魅力を感じるようにできていると知っているのだ。
だからこそ清純な娘を装う格好をして給仕に加わることで世間を知らぬ新兵たちを心行くまで美味しく頂いて、一人でも多くの人間を堕としてしまおうと画策していた。
メロディアと過ごすことで少なからずそんな邪な考えを隠し持っている事に罪悪感を覚えるようになっていたのかもしれない。
だがそれに気が付かないのか、それとも敢えてのことなのか。
メロディアは八英女の罪の意識を打ち砕いた。
「悪堕ちから改心をして清楚で清純な八英女に戻ったと言う風に見せかけ、その上で僕の油断を誘ってまるで事情を知らない新入兵士たちを美味しく頂いちゃおうという魂胆は見えっ見えなので全力で阻止させてもらいますけど、それはそれとして普段の皆さんの格好を思えば如何わしさはまるでなくなっていますし似合っているというのは本当ですからこの調子で行きましょう!」
「…」
メロディアは満面の笑顔で八英女を牽制するとそそくさと厨房に入っていった。そろそろ夕食の仕込みを始めなければならない頃合いだ。なにせこの食堂を使う兵士たちは百人からいるのに加えて食べ盛りの男衆が訓練までしているのである。
普段の暮らしの中では考えられないくらいの量の食事を用意しなければならないと思うとついつい嬉しくなってしまい、メロディアはブルッと武者震いをしたのだった。
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