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新兵の宿舎は演習場の一つを見下ろすように一段高くなった場所に併設されている。さながら学校と校庭のような様相だ。年代かかった石作りの宿舎は騎士に求められる荘厳さを体現したかの如きオーラを放っている。一般人からすると芸術的な建物に見えるかもしれないが実際にそこで暮らす兵士からすると牢獄だった、というのが父の談だ。
やがてメロディアと八英女の九人はその宿舎に辿り着くと、これから食堂の管理者の元に挨拶へ出向いた。
その人はリンダイさんと言ってその道三十年の大ベテランだ。父が所属していた頃にも既に食堂で働いていたというから筋金入りの人物である。厳密に言うと寮母ではないのだけれど、リンダイさんの貫禄と実際の舎長よりも勤務歴が長いと言うことで「寮母さん」とあだ名されていた。
メロディアもスコアの息子と言うことで紹介されており、大人顔負けの働きぶりを見せているので大層気に入られている。事実、メロディアも実の祖母のように慕っていた。
中は丁度よく中休みだったようで、がらんと静けさが居座っていた。そんな中で食堂の椅子に腰掛け、菓子を齧りながら帳簿付けをしている恰幅のよい女性がいた。
メロディアが声を掛けるまでもなく、後ろに気配を感じたその初老すぎの女性は振り返ると朗らかな声を出した。
「おお、メロディア!」
「リンダイさん、お久しぶりです。今回も手伝いに来ました」
「待ってたよ」
リンダイは気っ風よく笑って見せた。この一連の流れで八英女達もリンダイの為人の一片を感じ取っていた。
八英女たちは初めて会ったというのに妙な懐かしさ感じていた。
「紹介します。ここの責任者でリンダイさんです。クラッシコ王国で父が頭の上がらない一人ですね」
「あっはっは! アイツは義理堅いからね。世界を救った英雄なんだからどっしり構えてりゃいいのに腰が低い低い」
「変わってませんね、スコアは」
「で、そっちの美人さん達は?」
「ああ、こちらは…」
と言われてメロディアはしまったと思った。そう言えばこの八人の素性について何も考えていなかった。まさか本当の事を言う訳にもいかないとメロディアは頭をフルに回転させて考えを巡らした。
しかしそれとは裏腹にドロマーが一歩前へ出た。
「お初にお目にかからります。私達は八英女です」
「ちょっ!?」
「え、は、八英女って…あの?」
「はい! 実は勇者様の経営なさる食堂にて働くことになりまして、その際に他とは違った特色のあるレストランを作ろうと話が盛り上がりました」
「…はあ」
「勇者様と八英女は切っても切り離せないでしょう? ですから八英女として振る舞うことで集客に繋がらないかと。コンセプトカフェという奴ですねですから八英女に扮して働くというコンセプトを」
「ああ…なんか聞いたことあるよ。要するにごっこ遊びしながら働くってことだよねぇ?」
「そう思って頂ければ」
「面白い事考えるねぇ。それで八人も用意して来たってのかい?」
「はい。なので役作りの為、どうか八英女の名前で呼んでもらいたいのです」
「よしきた。そういう面白い話は大好きさ。働いてくれるならなんだっていいんだ。退屈しない同僚なら更に結構。あんたらの名前を教えておくれ。誰が誰なんだい?」
「では私から…」
そうしてドロマーはコンセプトの設定という名の自己紹介を始めた。彼女が説明を終えることには皆がその狙いを十分に理解していた。
…なるほど。
予め芝居をしている体にしておけばうっかりボロを出しても「そういう設定です」と誤魔化し通すことができる訳だ。そして何よりも変に気負わず本名を呼び合えるというのは精神衛生上、非常に助かるところが大きい。
あの状態から咄嗟にここまでの流れを組み立てられるのは流石の一言だ。メロディアもこの時ばかりは皮肉なしに素直な称賛を送った。
「上手く行きましたね」
「流石です、ドロマーさん」
「ふふ。これでドスケベな言動を取ったとしても過去の栄光が傷つくことはありません」
「…」
「流石です、お姉さま」
本当に悪い意味で期待を裏切ってくる。こうなってくると、もう期待を裏切られる事に期待をしてしまっている自分がいることにメロディアは気がついていた。
するとその時、うっかり失念していた事を思い出す。
「あ、そうだ。僕も伝えておくことがあったの忘れてました」
「? メロディアが足フェチなのは知ってるけど?」
「そこじゃねえよ」
「否定はしない、と」
怪しげなメモを取るラーダを捨て置き、メロディアは言葉を続けた。
「僕が勇者スコアの息子だと言う事は伏せておいてください」
「いや伏せるも何もバレてんじゃねーの?」
「案外そうでもないですよ。勇者に息子がいるってことは当然周知の事実ですけど、顔や名前なんかはあまり知られていません。昔なじみはいるかも知れませんけど、城下町の住民が騎士団に志願する方が少ないですし」
「敢えて伏せておく意味はあるんですか?」
「一昨年、騎士団長に頼まれたんです。人を見かけだけで判断する事の危うさを教えるんだそうで」
「てことは…その内ネタバレすんのか?」
「ええ。演習最終日には僕が新兵と模擬試合をするのが通例です。まだ団長には会ってないですけど、きっと同じように頼まれるかと」
「なるほど。舐めた態度を取ってくる方には『官舎の食堂で働いている子供に偉そうにしてたら、そいつが勇者の息子で演習最終日にボコボコにされた件』となるわけですね」
「少々癪に障るまとめ方ですが、要するにそう言うことですね」
そう言うと八人は妙に納得の行った顔つきになった。メロディアは経験則的にどうせ八人ともロクでもないことを考えているんだろうとまでは分かったが、その全容までは掴めなかったので特に言及することはなかった。
すると話に区切りがついたと思ったのか、リンダイがパンっと手を叩き皆の注目を集めたから言う。
「さあ! 話がまとまったんなら早速支度をしてもらおうか。夕飯の準備の後は明日の朝の仕込みと色々あるんだからね」
するとドロマーがニコリと微笑んでそれに応じる。
「承知しました。それでは私たちは仕事に相応しいように着替えて参りますので。更衣室をお借りできますか?」
「ああ、それなら…」
と、リンダイに案内されるままに八英女は一旦食堂を後にした。恐らくはそのコンセプトカフェ用に仕上げた衣装に着替える為に更衣室を借りたのだとは安易に予想が付く。それでも過去の実績から良い予感はしない。
ただいきなりここで着替え始めるよりも更衣室を借りただけ少しは成長の兆しが見えたと、凡そ二十歳過ぎの女性には一生抱くことのない感想を持っていた。
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