12-2
そして三日が過ぎた日の事。
メロディアと八英女は騎士団宿舎の前で名簿や誓約書等々の書類へサインをしていた。
予想していた通りメロディアが宿舎の食事当番の手伝いを申し出ると騎士団は二つ返事で承諾してくれた。むしろ応援を要請する為に伝令を走らせる寸前のところだったようだ。しかもかつて宿舎での従業経験のある者や城下の飲食店にまで助力要請を出すのを検討しているそうな。
理由は定かではないが今期は例年の倍近くの新規兵を募集したらしく、隣国との合同演習も重なって宿舎は連日てんてこ舞いの忙しさだったらしい。
騎士団は由緒正しい家系を持つ者ばかりで構成されている訳ではなく、その大多数が志願による兵士達だ。訓練は壮絶とは言え、給与は城下の商店よりも高く安定性もある。そして何よりも腕っぷし一本で出世できる可能性があるとして血気盛んな男子には人気の職業だった。
庶民平民が成り上がるというのは決して夢物語ではなく、その最たる英雄譚はやはりメロディアの父である「勇者スコア」の話であろう。
クラッシコ王国や近隣の町村で生まれた男の子であれば必ず夜伽話に聞かされ、寝入った後に英雄となった自分を夢見たことだろう。
いずれにしてもすんなりと働くことが叶って助かった。
すると人事担当の兵士であったヤマダが心底ほっとしたような顔を浮かべて言う。
「いつも悪いな、メロディア」
「いえいえ」
「しかもこの人手不足の折に八人も見つけてきてくれるなんて…しかもこんな綺麗所を」
「あら、お上手ですこと」
「ええ…まあ、ね」
と、一切の事情をメロディアは歯切れ悪く笑った。しかし歯切れが悪い笑い方をしているのはヤマダも同じだった。
当然、メロディアだけでなく八英女も様子のおかしいのには気がついた。
「どうかなさいましたか?」
「いや…メロディア。このお嬢さん方はしっかりと守ってやってくれよ」
「え? どういう意味です?」
「あまり大きな声じゃ言えないんだがな…大がかりな人員募集を掛けたせいでほとんど輩と言っても差し支えないような奴等も紛れ込んじまってな。男ばっかりの兵隊生活のせいか、宿舎の給仕係にちょっかいを出す事があって…」
なるほど。男相手には威張り、女相手に口説きでもしているのが安易に想像できた。
ただでさえ人を集めるのが大変だってのに人が辞めていく状況になっていると言うことか。しかも王国騎士団の面子にかけて色々と事後処理や賠償なんかもしているだろうから、むしろ仕事を増やされているのかも知れない。
メロディアは振り向きもせず後ろの八人の事を考えた。
正直に言って仮にちょっかいを掛けられても余裕で返り討ちをかましている姿しか想像できない。むしろ自分が目を光らせて新米兵士達を守らないといけない。宿舎での仕事も食堂での仕事も一番の懸念は邪な考えを起こした客に対しての彼女達の対応の一言に尽きるのが現状だった。
「分かりました。とても注意しておきます」
「ああ。よろしく頼むよ」
メロディアと八英女は年季の入った石の門をくぐると、申し訳程度に舗装された道を歩き宿舎を目指し始めた。メロディアは何度か通っているので目新しいことはないが、そもそもクラッシコ王国の出身ですらない者もいる八英女たちは物見遊山のようにキョロキョロと景色を見回しては感想を述べていた。
ただ、唯一王宮内の機関に在籍していた過去を持つファリカだけは違う感想を口にした。
「うわー、懐かしい」
「あ、そうか。そう言えばファリカさんは国王直属の魔法研究機関にいたんですもんね」
「そうそう。この辺りは休憩時間とか夜中の散歩とかに使ってたんだ…あ、この木」
ファリカは意味深げに少し高い場所に生えていた一本の大樹を指差した。そして、その木に寄り添うようにして丘向こうの演習場を見つめた。
演習場では既に訓練が始まっており、号令や指示が飛び交っている。しかし動き方や剣の振り方などはお世辞にも上手いとは言えない。新兵なのであるから寧ろそれは当然なのだが。
「時々こうやって訓練しているスコアさんの事を見てたなあ」
「へえ…」
サアっと木陰を涼しい風が抜けて行く。
メロディアはその風の香を嗅ぎながら、若かりし頃の父とそれを見つめるファリカの姿を夢想していた。
「そしてソッチの茂みは夜になると兵士達のハッテン場になってました」
「…」
ファリカの言葉を聞くと目をつぶって想像に耽っていたメロディアは、普段にも増してリアルな想像をしてしまった。
何故、慎んではくれないのか。
「ま、夜は男しかいないからな」
「スコアも経験あったんでしょうか?」
「いやー、多分ないんじゃね?」
「やめろ! 父親をそういう目で見るな!」
「メロディア。恥ずかしがることはない。古来より女を連れ歩けぬ戦場で男同士が交わる事は珍しくない。私の祖国では衆道という。興味があるなら参考文献を…」
「結構です」
シオーナの申し出を食い気味に断る。サイボーグの癖に腐ってんのか、こいつ。
すると口だけをむーっと窄ませたシオーナが口惜しそうに言う。
「スコアとオリキャラとの夢小説を頑張って書いたのに」
「シオーナ、安心しろ。オレが興味津々だ。後で貸してくれ」
「おお…心の友よ」
「その前に焼却処分にしてやる」
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