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10-7


 それからものの十分も経たない間にメロディアは戻ってきた。自分の倍くらいの大きさの鹿を肩に担いで。


 しかもその鹿はただの鹿ではなかった。


「じ、ジェムホーンでございますか?」


 ドロモカは驚きつつ、その獲物の名前を口にした。


 ジェムホーンはその名の通り、二本の角が宝石でできている魔獣だ。その生態から当然の如く希少価値が高く、おまけに肉も美味ということであらゆる狩人が血眼になって探している。


 しかし、そもそもからして出会うことすらままならず、その上に神速と称されるほどに素早いのも特徴だ。ジェムホーンを狩ることが最高の名誉と考える狩人は決して少なくないだろう。


元は普通の鹿だったが誰よりも目立ちたいが為に両角をきらびやかな宝石にして欲しいと神様に願った。それは聞き届けられたが、あらゆる動物に狙われるようになりその優雅な姿を見せてもすぐに逃げ出さなければならなくなったとという。自分の身の丈に合わないものを願うと不幸になるという教訓めいた昔話はこの世界の誰しもが知るところだ。


 実在することは確認されているが、そんなおいそれと見つかる存在ではない。ドロモカもかつての旅で市場に出回っているのを物見遊山で偶然に見たことがある程度だ。


 狩りたての原型を留めている姿はこれが初めてだった。


「いやあ、ジェムホーンがいるなんてついてましたね。早速料理をするんで待っていてください」

「…はあ」

「熟成させた肉もまた美味しいので半分は残しておきましょう。後で残りの七人にも食べてもらいたいですし」


 と、ぶつぶつ言いながらメロディアは瞬く間に鹿一頭を解体しきってしまう。手際は流石の一言だった。


 するとメロディアはジェムホーンの角をドロモカへと差し出した。


「はい、どうぞ」

「え? よ、よろしいのですか?」


 これはメロディアがドロモカへ宝石をプレゼントした訳ではない。ムジカリリカの竜族は宝石を食べる事でも知られている。竜族に取って黄金や宝石は滋養強壮の効果が極めて高く、薬やスタミナ食として用いられる事が多い。当然、希少なものばかりなのでおいそれと口にすることはない。


 しかしメロディアは抵抗もなくそれを差し出す。


 当座の資金に余裕があるとて、宝石類をおいそれと手渡されることなどなかったドロモカは戸惑ってしまった。


 お金に無頓着と言うわけではない。ドロモカを持て成したいという一心だということは彼女も感じ取っていた。


「頂戴いたします」

「はい。宝石を齧りながら待っててください。すぐにメインを出しますから」


 いつの間にか用意された椅子に腰掛けると一息つきながら空を見てはジェムホーンの角を金太郎飴のように齧った。


 ここまで手持ち無沙汰てぼんやりとできる時間はいつ以来だろうか。雲が風に乗って空を流れていくということさえ忘れていた気がする。


 それはいつか夢見ていた平和な日常とも似ていた。尤もその夢見ていた光景には誰かが隣にいたのだけれど。


 ドロモカは敢えてそれは思い出さないように努めた。


 宝石は体の中で溶けては活力を与えてくれる。魔界を出てから毒抜きと長旅の連続だった体は予想以上に疲労困憊していて正直この回復は有り難かった。


 やがて最後の一欠片を食べ終わる。それと同時にメロディアが完成を告げた。


「出来ました。さあ食べましょう」

「これは…力作でございますね」


 ジェムホーンの肉の串焼き、ジェムホーンの肉の麦酒蒸し、豆とジェムホーンのモツ煮スープとヴァリエーションは少ないがその分、ボリューム満点の品揃えだった。


 しかも。


「レアの方が好みかと思いまして用意しました。それともウェルダンの方が良かったですか?」

「いえ…レアの方が好みでございます」

「良かった。ではどうぞ召し上がってください」

「う、う」


 ドロモカも竜族の端くれ。新鮮な肉をここまで美味しそうに調理されては食欲に抗う事は難しかった。それと同じようにメロディアも香ばしい香りの誘いにあえて抵抗することはしなかった。


 彼も先のティータイムで羊羮とスコーンを齧った程度。ただでさえ育ち盛りの体は肉を欲している。串の肉に口をつけた瞬間、二人は貪るという表現が似合うような勢いで食事を始めた。


 メロディアもドロモカもここまで動きっぱなしだったと見て、串焼き肉には普段よりも少しキツめに塩が振ってある。それが功を制した。


 はむっはむっ、と二人の咀嚼音と時折薪の爆ぜる音だけが森に響いている。


 山盛りの料理はものの数分でなくなってしまった。


 やがて満腹感を得た二人は先程よりかは大分落ち着いて話をすることができた。


「大変美味しゅうございました」

「良かったです」

「ただ…すみません。我を忘れて頬張ってしまいました」

「何を言うんですか。作った料理を美味しく食べてもらうのが僕にとっては一番です」


 そうして食後のお茶を振る舞っていると、ドロモカがうっかりと溢したようにメロディアへ聞いてきた。


「スコア様は…」

「ん?」

「変な聞き方をいたしますが、ご両親はどのようにして過ごされていたのですか?」

「あ〜そうですね…」


 ドロモカは清濁が合わさった感情をどうにか取り繕って言葉にした。しかしそれはメロディアにとっても痛いところつく質問だった。



「普通の家族…になろうと頑張っていたって感じですかね」

「え?」

「当たり前ですけど僕が生まれる前の二人は知りません。ただ物心がついてからも僕の前では取り繕っていたという感じがありましたね。子供の手前、無理に相思相愛になっているかのような」

「…」

「かつては熾烈な争いをしていた勇者と魔王ですから、一般的とは行きませんよ。まして母さんは正体がバレないようにしてましたし。どことなくチグハグとしていました。八英女の皆さんの事情を知るとピースが嵌まった気がしますけど」

「と、言いますと?」

「父さんは、やっぱり気掛かりだったんじゃないでしょうか、八英女の事が。話を聞くに緊急回避的に封印を施して後々解除するつもりだったんだと思います。方法が分からなかったのか、それとも別の理由があるのかは知りませんが」

「…封印を解くつもりだった、というのは私も同感です。緊急回避的にというのも正しくそうでしょう。私達はスコア様を悪に堕とそうと躍起になってましたから」

「他の皆さんからも聞きました。何をどうしても折れなかったそうですね」

「はい。本当に、本当にお強い方でございました」


 ドロモカは差し出されたお茶を一口啜った。


「その封印を行ってから僕が生まれるまでにどんな出来事や心境の変化があったかは想像するしかありません。けど、僕を産んで育ててくれている以上、魔王と勇者と言えども二人の間に愛がなかったとは思っていないです。どちらかと言えば…」

「…どちらかと言えば?」

「何というか…色恋というよりも友情とでも言いますか、魔王と勇者をであることを加味すれば認めあったライバルみたいな…すみません。自分で言っていてなんですが、よく分かんないです」

「いえ。元よりあの二人を常識でくくるのは烏滸がましいことなのかも知れません」

「あはは! 確かに」


 ここに来て初めて二人に和やかな雰囲気が生まれた。その事に人知れずメロディアは安堵していたのだ。


読んで頂きありがとうございます。


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