10-2
その頃、シオーナと共に瞬間移動に成功したメロディアは誰もいない食堂の空気をため息で震わした。このところ魔法を酷使する機会が多くてかつて味わったことのないような疲労感が蓄積していた。
「ふう」
メロディアは小脇に抱えていたシオーナを適当なテーブルの上に置くと一つ質問をした。
「言い過ぎましたかね?」
「皆の捉え方は分からない。けれど私は少なくない殺意を持った」
「やっぱり?」
「本当の事過ぎて葛藤の逃がし場所がない」
「それが狙いですしね」
「それも分かっている。だから余計に腹立たしい。相手の心の隙をついてくるのは、流石は魔王様の系譜と言わざるを得ない」
「一段落ついたら、皆さんには何か美味しいものをご馳走しないと」
一旦、この話を結んだメロディアはシオーナと共にこれからの動きについて相談をし始めた。とは言っても敵の位置情報をより正確に掴んで、武器を悪用される前に奪い返すしかないのだが。
特に今回の場合は人数にも限りがあるから人海戦術は難しい。ともすれば便りの綱は必然的にシオーナと言うことになる。
「その後、相手の動きはどうですか?」
「…一旦、移動速度が落ち着いている。恐らくは休息を取っているのかも」
「え? 休憩中」
ま、ギャングと言えど人間だ。休憩もするか。状況から判断するにごく少数で動いているだろうから、心労も一方ならないだろうし。
しかし、動きが鈍っているというのはチャンスだ。武器を奪うことさえできれば、無駄に争うこと必要だってないのだし。
「因みに場所はわかりますか?」
「この位置」
シオーナは再び壁に地図を投影させた。相手の移動速度も中々のもの。もうクラッシコ王国の城下町は目と鼻の先というところまで迫っていた。だが、それと同時にメロディアはあることに気がついた。
位置情報として点滅している赤い表示。それが留まっている森は全壊した自宅がある場所に程近い。もしかして相手の目的は勇者スコアだったりする…?
「可能性としてはそれも考えられる。スコア殿とて、万民に愛されている訳じゃない。私たちの功績の下には涙を飲んだ悪党が数多くいる。逆恨みされてても不思議ではない」
「そうですね…野次馬や腕試しの冒険者以外にも、そういう感じの人はたまに来ていましたし」
「しかし敵の目的が予想できたのは収穫」
「確かに。無差別破壊とかじゃない分、少し安心しました。まだ確証はないですけど」
「それで、どうする?」
「こちらから出向くしか…」
ないでしょう、と言いかけたところでシオーナがメロディアを制止させた。
「待って。動きがあった」
「え?」
もう一度、投影された位置情報を確かめる。するとシオーナの言う通り、赤い表示が動き出していた。森を移動し、着実に城下町の入り口に向かっている。だが今度のソレは大した速度が出ていない。乗り物を降り、徒歩の移動に切り替えたというのは簡単に予想ができた。
「もしかしたら偵察か生活雑貨の獲得、あるいはその両方をするつもりなのかもしれない」
「話を聞く限り相手は武器以外はまともな装備がなさそうですしね。食料品を買いに来たと言っても道理ですね」
すると、メロディアは一つ大事なことを思い出した。
先日にミリーと森の自宅で合間見えた時、立て看板を持っていった。勇者に用事があれば城下町のこの店を訪ねるようにと。相手がそれを見て町の様子を伺いたいと考えたとしても何もおかしくはないだろう。
しかも、これは好都合。
町の入り口は限られている。敵情視察として城下町に入ろうとしているのなら、先に動いて待ち伏せができるからだ。
森の実家からここに向かってくると言うことは、東門を使うことになるだろう。東門は繁華街から一番遠い出入り口と言うことで人はまばら。城下町で最も利用者の少ない門だし、数少ない利用者も兵士が大多数。
万が一、暴れられても何とかなるかもしれない。と、メロディアは甘い考えを吐露したが、それはシオーナに打ち消されてしまう。
「その考えは賛同できない。エネルギーがマックスでないと言えども、この町を吹き飛ばすくらいは造作ない」
「知ってた。こういう場合は、絶対にそうなんですよ。逆にそうじゃなかったらどうしようかと」
「古からのお約束」
「母さん、そういうの好きそうだもんな…他にビックリするような仕掛けとかはないですか? 土壇場で度肝を抜かれるのは嫌ですよ」
「下半身は主に移動や安定性、エネルギーの充填に重きを置いているので戦闘用の仕掛けは少ない。あっても近接系の武器くらい。ただ…」
「ただ?」
「度肝は抜かないけど、ヌく為の装置はむしろ下半身の方が多い」
「それはどうでもいい」
「これもまたお約束」
「母さん、そういうの好きだからな。むしろそういうことばっかり…」
「実母の下ネタは素直に同情する」
「そりゃどうも…他の皆さんも控えてくれると助かるんですが、シオーナさんも含めてね」
「拒否する。下ネタがないとつい昔の口調に戻る恐れがあるから」
「どう言うことです?」
「個性を出そうと思って、ござる口調で喋っていたから恥ずかしい」
「ござる口調だったの!?」
し、知らんかった。
いや、それでも下ネタ言う方が恥ずかしいだろ。
メロディアはシオーナを背負うと東門を目指し走り出した。到着が相手よりも遅くなってしまっては元も子もない。なるべく人目を避けつつ、屋根の上に登ると身を隠すのと監視するための地の利を得るのを同時に行った。
ティパンニと違い、この町はメロディアの生まれ育った場所。
目を瞑ってでも動けるというだけでも心の中には余裕が生まれる。そして尚のこと、この町を守らなければと気持ちを新たにした。
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