7-9
自警団の怒号を背中に浴びながら、三人は雑木林を駆け抜ける。やがてうろのような所を見つけると一度足を止めて呼吸を整えた。男の方は相変わらず酩酊状態だし、敵とはいえ妊婦にあまり無茶はさせられない。
「ひとまず大丈夫でしょうか?」
「え、ああ。はい」
「お二人とも怪我はありませんか?」
メロディアは三角巾で作った覆面を外すと朗らかに努めて声をかけた。すると男の方はいよいよ足に限界が来たのか、地面に突っ伏して気を失ってしまった。
「旦那さん、大丈夫ですか?」
「誤解を解いておきますが、この方とは夫婦ではありませんから」
「え? そうなんですか?」
「はい。あの公園で偶然お会いしただけですので」
白々しさが出ないようにメロディアは芝居を続ける。それが利いているのかは分からないがソルカナはにこやかに返事をした。
「遅ればせながら、危ないところを助けて頂きありがとうございます」
「いえ…そ、それよりもお洋服を」
「あら…私としたことが。はしたない格好でごめんなさい」
ソルカナは口調では照れていたが、そんな素振りは一行に見せず服を直した。それを見届けるとメロディアは咳払いを挟んでから言った。
ここまでは釣糸を垂らした程度のこと。いよいよエサをぶら下げて針を飲ませるまでいかなければならない。
「こんな夜更けに妊婦を襲うなんて、流石はティパンニと言ったところですかね」
「ええ、本当に。ところであなたは?」
「あ、申し遅れました。勇者スコアの息子でメロディアと申します」
「え!?」
「ふふふ。驚きましたか?」
作った得意顔をさらしながら、そりゃ驚くに決まっていると内心では思っていた。
ソルカナは驚いたことには違いないが、一般人のそれとは訳が違う。仇敵である父の息子が何も知らずに目の前に現れたのだ。鴨が葱を背負って来たどころの騒ぎじゃない。きっと頭の中は混乱と謀議が渦巻いて大変なことになってるだろう。
「父に憧れてこうして人助けをしているんです。お怪我がなくて良かったです」
「…そうですか」
「ところでご自宅は? あんなことがあった後ではご不安でしょうから、お邪魔でなければお送りますよ」
ニコリと笑って言った。さあ、どうくるか?
「では…お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」
「勿論です!」
無垢さを装ってそんな返事をしたが、心のうちではガッツポーズをしていた。
食い付いてきた。少なくともソルカナと行動を共にできる大義名分を得た。
旅から旅を続けるソルカナに家があるはずもない。精々身を潜めるために使う隠れ家ある程度だろう。それが判明しただけでも十分だ。
するとソルカナはメロディアに告げた。
「ただ、すみません。少しだけ休ませてもらってもよろしいでしょうか?」
「勿論ですよ。妊婦さんなんですから無理はしないでください」
「ありがとうございます」
ソルカナはおあつらえ向きにあった切り株へと腰を掛け、ふうっと一息をつくと改めて視線をメロディアへ送った。しかし腰を掛けてもまだソルカナの方が背丈が高かった。
そしておもむろに話を切り出す。
「ところで…勇者様のご子息というのは本当なのですか?」
「え?」
「疑ってごめんなさい。ただ、ワルトトゥリ教の者として興味がありまして」
「いいんですよ。クラッシコ王国を出れば大抵の場合は疑われますから」
「けれどその眼差しは確かに勇者様の面影を感じます」
「え? 父と会ったことがあるんですか?」
「…実を言えば浅はかならぬ縁があります」
「と、言いますと?」
「うふふ」
ソルカナは笑った。とても綺麗な笑顔だったのに、その奥に底知れぬ闇の深さを感じた。
「昔話をしてもよろしくて?」
「え? ええ。父の事でしたら僕も興味があります」
「わかりました。貴方のことももっと教えてくださいますか?」
「はい、何なりと」
「ありがとうございます」
そう言って再び笑った後、ソルカナはさっと右手を上げた。その刹那、木々の枝の間から十数本の矢が飛来してメロディアを襲う。といっても矢尻がメロディアを貫通することはなく、彼を囲うようにして地面に突き刺さったのだ。
何かあるだろうと思ってはいたが複数の矢をこれだけ連射しつつ、更にここまでの精度で動きを制限されたことにメロディアは少々驚いた。
しかもそれだけではない。
矢の尾羽にはネバネバした何が無数に張り付いていた。それをメロディアが認識したのと、ネバネバが突出して襲いかかってきたのはほぼ同時のこと。
ま、正直避けられたのだけれど、これからの話を円滑にするために捕まることにする。あえてね。
そうして全身を雁字がらめにされたことで、メロディアはネバネバの正体に気がついた。
(…これはスライム? それにこの弓矢の技巧はもしかしなくても)
瞬く間に身動きを封じられたのを確認するとソルカナはニヤリと笑った。すると近くの樹上から何かが飛び出してきたのが目には入る。それは華麗に着地すると月明かりに自分の姿を照らした。
収穫期を迎えた麦穂のような金髪がツインテールになって、エルフ族特有の尖った耳の後ろに掛かっている。
右手には艶やかさと威光を醸し出す弓。左手には蜘蛛を模した手甲をつけている。
この二つだけならば高貴なる森の住民たるエルフ族の女戦士といえる。けれどピッタリと体に張り付いてボディラインをこれでもかと強調する青色のラバースーツが、彼女が異端の存在であるということを物語っていた。
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