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十音の灰  作者: つばきあろ
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第一章・五話

 八名が座敷に座っている。真ん中の、囲炉裏に似た灰を入れている床穴を挟んで五対十枚の座布団が敷かれてあり、座っているのは計八名であった。片側には奇数の十指、もう片側には偶数の十指だった。何故、十指と言われている者たちが勢ぞろいしているのに八名しかいないのか?それは、第八指であった八星という名の技士が行方不明でいること。そして、零指がかつて一度も存在したことの無い数の者であるからだ。つまり、十指はたとえ勢ぞろいしても九人なのである。

 十指たちはそれぞれのシンボルカラーの甘鳴袋を肩から下げており、衣類は作務衣さむいを少し工夫したような簡素なものを着用していた。甘鳴袋は常に下げているが、甘鳴を常に使役しているわけではないので、甘鳴を連れてきている者も居ない者もいた。

 そして、山号爺が、そよ風に髭を撫でながら、眉間のしわを緩め、語りだす。

「このことが吉と転ぶか凶と転ぶかはまだわかりゃせん。じゃから、先ずは簡潔に言おうと思う。虎河の幽素が重く低く流れている。虎貝の耳が紫がかって来ておる。ここらでは重く低い気は楼都のある東から流れて来るんじゃから、またあの町で何かやっとるのかも知れん。」

皆、静かに話を聴いている。聴いていると言うより待っている。誰かが口を開くのをではなく、何かが起こって、口を開くべき時になるのを待っている。その時、朗々と輝いていた月に再び雲がかかり、ザザァと、松の枝を鳴らす須戸強い風が吹いた。口を割ったのは一翼だった。

「因縁のある楼都の人々、とりわけ不死学徒は、まだまだ自身の望みを諦めないどころか、高ぶってその実現に執心しているみたいだね。自信の信念を曲げてでも、奏運の技巧を取り込んででも、その望みを実現したい。その不滅性への執著、一体何が原動力になっている?」

 一翼の問いかけに、風が静まる。また、誰一人応えようとしない。時を待つ。すると、不意にガタっと、床下で音がした。

「おや、ネズミさんでも居るのかね?」

五業の婆様が片眼を開けて物申した。十指の護衛でもある店主が、俊敏に跳んで該当の場所の畳を剥がし、床を鉈で割る。ドカッと言う音共に、ガタガタガタっと、床下で何かが暴れる音がした。そして、

「待ってくれよぅ!悪気はなかったんだっ!助けて!」

「出てこい。」

店主が太い声で言うと、白い砂まみれになった新聞屋の小僧が床下から出て来て、

「す、すみません。どうしても目玉記事、書きたかったんです。」

と言った。

やれやれ、しんと静まっていた空気は急にぬるくなって、皆、肩を緩めた。

「おい、新聞屋。」

五業の婆様が咎めた。

「お主、下調べはどれだけ進んでおる?」

「へ?」

「何も知らんのに、わしらが集まったと言うだけでここへ来たんか?」

「は、はい。」

申し訳なさそうに新聞屋は答えた。

「うむ。では、お主に仕事をやろう。」

「へ?」

口を開け、目を丸くして五業の婆様を見る。他の十指も、一翼以外は少し驚いたような表情をしていた。

「やるかね?」

念を押す五業。

「は、はいっ。やります!」

半ば条件反射的に返事をしてしまった新聞屋。十指の前で興奮していたのかも知れないし、鉈で脅されて動転していたのかも知れないが、この返事が彼の運命を大きく変えるのであった。

「よし。では、少し話をしようじゃないか。お前たちも知っておろう。わしらとお前たちの先祖の出会いの話は。」

「は、はい。流雲の民と、黒顎を越えて来た南方の民族。それが私たちの先祖です。」

「さよう。」

五業の婆様は話し出した。

「昔、ここらあたりの土地には名が無かったんじゃ。人は、季節の獲物を求めて年に二度、流雲の民がやって来る程度で姿はまばらだった。しばらくして、黒顎山塊を超えて、一体の東の辺りに定住する者達が現れた。お前たち町民の先祖だ。争いを避けた流雲の民は、虎河流域で春と秋を過ごすようになった。

ある時、災厄が起こると言うので、流雲の民は東の村に報せを出す。流雲の民は奏運を知っておったから、災厄については察しが利いた。災厄が来るからに、この土地を一旦離れなさいと、東の村に警告したんじゃ。

 しかし、東の村の住人は定住者よ。家々は基礎を作ってから建てた木材の家だったし、井戸も掘っていた。鍛冶工業も起こっており、様々な施設を営んでいた。それらを捨てて、村を離れて生きることは彼らには難しかった。流雲の民の説得に悩み、しかし応じることは出来なかった。むしろ恐怖した東の村の人々は、流雲の民の言う災厄が来ると言う事の根拠を求めた。流雲の民はただ、白甘鳴が共鳴している、黒い風の走りが吹いている、大地から異臭がする、などとしか言わない。忠告に従い虎河流域西部に逃げた一部の人々を除いて、そんなことは何の根拠にもならないと、東の村の人々は彼らの警告を退けた。

 そしてその年の冬のことじゃ。黒い風が吹き、東の村は疫病に襲われた。春、季節の獲物は採れなかった。夏は干ばつが起こった。秋に採れるはずの作物も取れなかった。ついに冬、大地震が起こって、村の建物の多くが倒壊した。恐れおののいた東の村の生き残りは、流雲の民が妖術か何かを使ったとか、井戸に毒を巻いたとか、悪いのは流雲の民に違いないと決めつけて、団結してしまったんじゃ。愚かしいがの、人間とはそういうものじゃて。大きな妄念は人を歪めて支配する。その妄念の一つに、分からないものに対する恐怖があるんじゃ。流雲の民は、警告をしたにもかかわらず迫害されてしもうたんじゃ。

さらに、虎河流域にも進出した東の村の人々は、ここにも村を建設し始める。それが、海荒町の興りだった。この時、いくらかの流雲の民がこの村の外れに残った。また災厄が来た時、村の人々が困らないようにと言うお人好しな理由で。残った流雲の民は、流れ者と言われ蔑まれた。住んだ場所は河原や丘陵地帯、山塊の洞くつだった。そのような厳しい所で何故長い間血脈をつなげることが出来たかと言うと、彼らには奏運の術があったからだ。甘鳴を使役し、自然と対話する彼らは、吉兆を占って、危険を予め察知することが出来た。また、自然に偏在する富を予見することが出来たからだ。それが我らの先祖よ。」

皆、黙って五業の婆様の話を聴いている。いつの間にか月がまた甦り、冴え渡るその雫を海面に投げかけていた。海風がやさしく、庵を包んでいる。

 新聞屋は、やや上目遣い、正座して五業の婆様を見上げていた。五業の婆様はそんな新聞屋を見下ろし、片目で見やった。そして、唾を飲んだ音がした。

「ノール。」

聴いたことがあるかえ?と言わんばかりに、五業は目で新聞屋に語り掛ける。首をプルプルと振る新聞屋。

「よろしい。では、会合の後、お前にとっておきの話をくれてやる。新聞記事には向かないが。我ら技士にのみ伝わる、かつての恩師の恩師のさらに恩師、奏運術士ノールと楼都、その因縁についての話じゃ。心して聴けよ。そして新聞屋。」

五業は改めて言った。

「お前には楼都に行って情報を集めてもらう。」

「ろ、楼都ですか。」

新聞屋は少しうろたえた。

何故なら楼都と海荒町は敵対する因縁が深くあり、また数年前も、技士の一人、八星様が楼都に誘拐、幽閉されてしまったと言う事件があったのだ。今、海荒町と楼都は緊張関係にあった。

「お主、やると言ったの?」

念を押す五業。それはあんまりだと、哀れな視線を新聞屋に送る四菜。驚く外の十指たち。

「婆よ、そんな危ない仕事、この小僧にか?それなら苦無衆くないしゅうにしてもらえばいい。あいつらなら…」

うなづく店主と、一翼以外の十指。しかしその言葉を途中で切って、五業は言った。

「油断。隠密とは油断の陰にあるものよ。こんな子供が?そう思わせているからこそ、出来ることがある。新聞屋よ。出入りするのは町中だけでいい。楼都の動き、気運を知ることの出来る情報がいる。頼めるね?」

深く短く、新聞屋は迷い、やがて泳ぐ目を真っ直ぐに定めて、

「やります。」

と短く言った。新聞屋、白居はくいは後に、この時、覚悟をして一皮むけたのだと、述懐することになる。


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