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十音の灰  作者: つばきあろ
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第一章・四話

佇んでいる一翼いちようのもとに、一羽の黒甘鳴が居た。他の甘鳴よりも一回り小さいその黒甘鳴は良く懐いているようで、胡坐をかいた一翼の内腿とふくらはぎの上にまるくなって眠っている。ふと、そよぐ風が杉の木の枝葉をサァッっと鳴らし、はらりとその葉を一翼の目の前に落とした。甘鳴は、つぶらな片眼を開けて、周りの様子を少し伺うと、寝そべったまま鼻をひくひくさせて一翼の顔を見上げた。

「なにやら、騒々しくなりそうだ。」

一翼は甘鳴に呟くようにして、

「ほら、お入り。」

と、肩掛けにしている甘鳴袋、甘鳴が入って主人とともに移動するための袋だが、それに甘鳴を呼び込んで、立ち上がった。立ち上がって、少しお尻についた草をぽんと払うと、

「さぁ、行こう」

と言って、ややゆっくりと、町の方に降りて行った。火が十分に傾いて、夕方に差し掛かろうと言う頃だった。

 

 ざわざわと、居酒屋の一室の周りに人だかりが出来ていた。人だかりは、ぼんやりと橙に光る居酒屋の提灯の下にまで出来ており、皆口々に、

「一翼さん。」

「一翼さーん。」

男も女も一翼の名を口にしている。たまに、

二緒ふたおさん!」

「二緒の姉貴!」

と言ったような野太い声が出た。

「今夜はなんだ。」

十指じっしがそろうなんてただ事でねぇ。とんでもない吉事があるんでねぇか?」

「いや油断はできない。凶事かもしれない…」

憶測が飛び交いざわつく人込み。居酒屋はちょっとした祭りのような状態だ。

「おい店主!外野をどかせてくれ!」

七都が店外から叫んでいる。どうやら最後に到着したのは七都らしい。

「七都さん!」

「七都の旦那ぁ!」

「今夜の会合は何の理由なんですっ?」

町の会報を配る物書き、新聞屋が七都に迫る。

「俺も詳しくは知らねぇんだよ。ほら、どいたどいた。お前らのせぇで道があかねぇんだから。」

「旦那ぁ、何か一言だけでも。記事にならないっすよ。」

新聞屋が食い下がる。

「あぁ?そうだなあ。〝くろみ〟のあんみつは激うまだってことだ。」

七都はウインクをして、群衆をかき分けながら店内に入っていった。

「うーん、ここら辺に〝くろみ〟なんてお店、あったかなぁ?」

新聞屋の頭の中に?がくるくるしている間に、七都は彼の目の前からいなくなっていた。


「では、七都も来たことだし、本題に入るとするかの。店主、人を外へやってくれんか。」

山号が店主に声をかけた。

「えぇっ!もう無理ですよ、山号様。」

店主は泣き言を言う。

「ほいじゃ、あの部屋を使わせてもらうとするかの。」

山号は店主に目配せをした。

「えーっ、四菜、この座敷がいーいー。」

子どものように主張したのは、菜花の様な黄色い髪をした十二、三歳ほどの女の子だった。名を四菜と言う。

「四菜、あそこは風音も良く聞こえますし。今回の会合にはぴったりですよ。」

宥める二緒。二緒は四菜よりもまだ小さく見える。色白い男の子のように見えたが、女の子だった。

「では、、、」

店主は座敷の隅の一枚の畳を起こし、剥き出しになった板間の一部をさらにめくった。地下への階段が現れた。

 海荒町の地下には、古い海荒町が形を大きく崩さず存在している。現在の海荒町は、古い海荒町の上に増築されたのだ。百年も前、災が起こった名残で、潮汐の影響を極端に受けるようになった。そして百年前に新しい町を、満潮時の海水を避けるように町の上に建てたのだ。百年経つ間に、潮汐の影響も通常に戻り、現在の二層構造の町となった。旧市街とよばれる古い海荒町の層は、地下水路や倉庫として頻繁に利用されている。

 十人と、案内役の店主が、白い石灰岩が積まれてできた地下の通路を、ひたひたと歩いて行く。行燈がゆらゆらと、彼らの影を大きく、白い壁面に映し出した。四菜はそこに、ウサギや犬の影絵を手で作り、遊びながら進んでいる。そこに、キツネや蛇と言った影を加えて遊ぶのは、二緒だ。二緒は十指の中で最も静かと言われていて、巷では聖の二緒とまで言われていたが、特に四菜と一緒の時は、じゃれてコロコロと笑う事もあった。

十指の間に階級は存在しないが、町民の間では、数が少ない方が偉いと言う認識がいつのまにか根付いてしまっていた。奏運において、重要なのは数字の意味である。だが、その意味は通常の人には分からない。分かりやすく、数字が少ない方が偉いとするのが、この世間と言うものだった。したがって、九丞は殆ど町民と同じような扱いだった。九ちゃんとか、坊ちゃんとか言われていた。しかし九丞自身はそれを喜んでいた。上目遣いをされるよりも、同じ目線でいてくれた方が単純に気が楽だったのと、九丞自身、自分を特別に思いたくなかったからだ。だから、一翼がいつも、一人でいることが多いのも、なんとなく理由が分かっていた。一指は特別な存在として、町で崇められてしまっていたからだ。一翼の前では皆へりくだってしまう。一翼は寂しいだろうなと、九丞はずっと思っていた。

 通路の最後の角を曲がり、一稿は地上に出た。そこは海岸であった。地下を十分も歩いたところであるが、目の前の白亜の岩の上に、庵が一軒、建っていた。庵の障子は全開にされていて、海が一望された。今夜は凪である。

庵野座敷に踏み入ると、夜風の白い手のひらが、するりと頬に触れた。すると、雲に隠れていた月が、朗々と光りだし、海面を遠くまで撫でたのだった。遠く、海面を見渡すと、一キロメートルほど前方の海面が、緑や青に白を混ぜたように、ぼんやりと光っている。

黒牙石の幽素と反応して、貝のプランクトンの群れが発光しているのだ。海面の月の光と、プランクトンの光は、波間で出会ってキラキラと会話しているようであった。

「ふふ、今宵も良いことありそうね。」

そう言って四菜と二緒は顔を見合わせ、座布団に軽い腰を下ろした。


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