第六話
黙ってしまった私に、君は何を思ったのだろう。
「その白衣、よく似合ってるよ」
そう言われて、私は苦笑した。
「そうか?」
「うん。だからあんたは、やっぱりお医者様でいいんだよ、きっと」
「……そうか」
君の優しさが、嬉しかった。
君がそう言うのなら、この純白の衣を纏い続けるのもいいだろうとさえ感じた。
だが、私は思う。
この手で一体、私は何を救おうとしていたのか。
何が救いたかったのか。
そして、何が……救えたのか、と。
救えたものなど、何一つない。
人を救うはずだった、この医者の手で私がしたことは、
ただ、重い罪を重ねることだけだった。
それから私たちはよく会うようになって、いつしか親友のようになったね。いや……私は本当に、君のことを心から親友だと思っていたよ。でも、君はどうだったのかな。君にとって私は……少しばかり裕福な、便利な知人の一人に過ぎなかったのかもしれないけれど……君にとっても私は親友であったと、そう信じることを赦して欲しい。
叔父の目を盗んでこっそり家を抜け出して……私たちはよく日が暮れるまで一緒にいたね。僅かな菓子や、パン、果物などを持って私がたずねてゆくと、君はとても嬉しそうに、本当に無邪気にはしゃいでいた。
私はそれを君と一緒に食べたかったのに、君はいつも曖昧に微笑みながらそれを拒んだね。
「小さいやつらにも、食べさせてあげたい」
君が弟妹思いなのは知っていたけれど、私はなんだか、ひどく寂しい気分になったものだよ。
君が消えてしまったのは、それから二年後のことだった。
あれは、ひどく凍てつく冬の夜。
窓に何かがあたる音がしたのに気付いて、私がそこから顔を出すと……君は真っ白に降り積もる雪の中、悲しげな美貌に、けれど神でさえ崩すことはできないような強い決意を宿して……二階の私を見上げて言った。
「姉さんが死んだ」
まさにそれが、君を地獄へと引きずり込む転機だった。
「殺されたんだ。客の男とトラブル起して、詳しいことはわからないけど、下の姉さんを上の姉さんが庇ったらしい。それで、二人とも殺られた」
「……!」
「俺は長男だ。次は俺が……弟や妹の面倒を見なくちゃならない」
「バカな……。待ちなさい、すぐに降りていくから……!」
私は叫んだ。
君が行ってしまう……二度と戻れないその世界に。
そんなことが……どうやったら私に耐えられるというのだろう?
君は本当に残酷だった。
君の賞賛すべき崇高な自己犠牲の精神は、君の家族を救ったのかもしれないが……しかしその一方で、この私の心をズタズタに引き裂いたのだ。
そのことを、君は考えたことがあっただろうか?
君が地獄へと足を踏み入れたその瞬間、私ももはや共に堕ちて行く以外他に道がなくなったということを。
「……お別れだよ」
君は静かに、だがはっきりとそう言った。
「俺はもう二度とあんたと会わない。あんたも……会いに来ないでくれ」
あまりにも突然の、あまりにも残酷な別れの言葉。
君のことしか見えなかった、君のことしか愛せなかった憐れな男に……その言葉がどれほどの衝撃を与えたか、君は知っていただろうか。