第五話
「病気自体は大したものじゃない。ほんの少し悪性といえば悪性の、ただの風邪だ。しかし、君の母さんは栄養失調のせいで、風邪に打ち勝つだけの体力がない。残念だが、手遅れだ。このぶんでは……最低で4日。もって、あと一週間というところだろう」
私はただ静かに、淡々と現実を付きつけた。
君がどんなふうに嘆き、どんなふうに打ちひしがれるのか……私はそんなことに興味があった。
だが、きっと泣き出すだろうと思っていた君は、意外にも一度大きく溜め息をついただけですぐに顔を上げ、
「そう」
と、短く呟いた。
本当に……君は私なんかより、ずっと強い人だった。
だからこそ私は、君に縋りたかったのかもしれない。
「明日、薬を持ってきてあげよう。私も叔父の家に厄介になっている身なので、あまり自由が利かなくて……その程度の世話しかできないが、許して欲しい」
「ううん……お医者様に診てもらったってだけでも、ママはあの世で鼻が高いよ」
「……そうか。ならばよいのだが」
君はそういって私を慰めてくれたが、正直、余計なことをしてしまったのではないかと思っていた。叶えられるはずのない希望を一瞬でも抱かせたとしたら……たぶんそれ以上に残酷なことはないだろう。
しかし私の心配を他所に、君の笑顔はどこまでも明るく澄んでいた。
そうして君の母親は、きっちり一週間後に死んだのだったね。
君に弟妹が3人もいる……と聞かされたときは、本当に驚いた。
父はすでになく、今は六つ上の姉と二つ上の姉が、身を売って家族を養っているのだという。つまり、6人兄弟というわけだ。一人っ子の私には兄弟というものの価値は良くわからなかったが、君は本当に小さな弟や妹を可愛がっていたね。
「俺も働きたいんだけど、こんなもやしっ子だから力仕事はろくにできないし、学もないからどこも雇ってくれない。もう少し大人になって……立派な男の体になったら、きっと稼いでみせるんだけど、それまでは……姉さんたちの世話にならなきゃいけないんだ。もどかしいけどね」
「……すまないな」
私がそう言うと、君は驚いたように私を見つめたね。
「ウチで雇ってやるといってやりたいが、そうもいかん」
君を……あの叔父に会わせるわけにはいかないのだよ。と、このとき私は心の中で付け足していたのだが。
君は微かに首を左右に振り、花のように微笑んでから、
「そんなつもりじゃない。何もかもあんたの世話になんて、なれないよ」
と言った。
「あんたはやっぱり、このまま医者になるんだろ?」
「それ以外にできることがないし、したいこともない。叔父は独身で跡取りがないから、このまま私に後を継がせるつもりでいるだろう。私も、それでいいと思っている」
「あんまり嬉しそうじゃないね。本当は他に、やりたいことがあったんじゃないの?」
そう訊ねられて、正直私は驚いた。
そういわれてみれば、私は他の生き方など、考えたこともなかったのだ。
考えようとさえ、しなかった。
考えてはいけないと思っていた。
他を望めば……きっと「今」に、耐えられなくなる。理想の自分と、現実の私とのギャップに……だから、考えてはいけないのだと知らず知らずのうちに自分に言い聞かせていたのだ。