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紅 闇  作者: レエ
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第三話

 初めて君と出会ったのは、私が十八、君が十二の歳だったね。

 空の青さから逃れたくて、いつのまにか迷い込んだ、街外れの路地裏。

 あのころのそのあたりは、今以上に治安が悪かった。

 娼婦や、あるいは叔父と同じ趣味を持つ男たちやらが私を見ては声をかけてきたが、私が軽く一瞥すると、皆怯えたように去っていった。おそらく本能的に、私が危険な人間だと察知したのだろう。全く、ああいう手合いは、自分の危機にはよくよく敏感なものだ。


 ふと、戦争の傷跡の色濃く残るその場所にひっそりとたたずんでいた小さな教会に心惹かれ……壊れかけた石段を登り、私はそこへ入っていった。

 ステンドグラスは所々破れ、床には埃が溜まり、朽ちかけた長椅子には、蜘蛛の巣が白く糸を張っていた。

 中央の、傾きかけたマリア像の前で……君は静かに膝を付き、祈りを捧げていたね。

 破れた天井から射し込む光が君を照らすその様は、あたかも一枚の絵画のようで……そう、まるで天に帰る日を夢見る悲しい堕天使のように、どこか神々しく、そして何より美しかった。

 私の足音に気づいた君は、ゆっくりと後ろを振りかえった。

 日の光に照らされて、なお蒼白くほの光る白蝋のような肌。

 闇よりも暗い、漆黒の髪。

 髪と同じ色の深い瞳が私を捕らえ、驚いたように見開かれた。

「天使……様?」

「え?」

 自分に向けられたその言葉の意味がわからなくて、私はひどく戸惑ったよ。

 天使?

 私が?

 それは私に向けられた言葉としては、あまりに的外れで、滑稽に思えないだろうか。


「あ……天使様じゃ、ないのか」

 少年とも少女ともつかぬ綺麗な声で、落胆したように君は呟いた。

「私が天使に見えたのか?」

 訊ねると、君はこくりと頷いたね。

「私が、天使……ね」

 思わず自嘲じみた笑いが漏れたのを覚えている。

 それをどう取ったのか、君は少し慌てて、恥かしげに俯きながら、

「だって……そっくりなんだもの」

 と言った。

「そっくり?」

「ママに聞いた天使さまのお話。太陽の光のように美しい金色の髪と、空みたいに蒼い瞳の天使さま。とても綺麗で、優しくて……そう、あんたみたいに、真っ白な衣を纏っているんだ」

 真っ白な衣……ああ、この白衣のことか。と、私は不快な薬品の臭いのこびりついた自分の衣装に目を落とした。

 それにしても、この私が天使だとは、不似合いもいいところではないか?

 確かに、伸ばしっぱなしの金髪は生まれつき癖毛で柔らかかったし、自分でも整っていると思うこの容貌は一見、優しげにも見えただろう。

 だが、この私の本性は、きっと悪魔よりも恐ろしく醜い。

 君がそれを見抜いていたら……私たちの関係は、一体どういうものになっていただろう?

 いや……どちらにせよ私と出会ってしまった時点ですでに、君は不運だったのに違いない。

「君は天使に会いたいのか?」

 私が尋ねると、君は少し寂しそうに笑って頷いた。

「何を祈っていたのだ」

「ママの病気が、治りますようにって」

「……」

「ママ、死んじゃうかも知れないんだ」

 だから、そんな悲しい顔をしているのか。と、私は納得した。私も親を失ったときは、本当に打ちひしがれた気分になったものだ。ましてや狂い死んだ母の最期は、まだ幼かった私の目には本当におぞましく恐ろしく、そして心に耐えがたいほどの悲しみと絶望を植え付けた。

 思えばあの瞬間から、私の心も壊れ始めていたのかもしれない。

「お母さんは、なんの病気なんだ?」

 よく考えてみれば、これは我ながらマヌケな問いだった。

 君は寂しげに、

「……わからない。熱が下がらないんだ」

 と何故か口元に淡い笑みを浮かべてそういった。幼いなりに、君は覚悟を決めていたのだろう。母を……庇護者を永遠に失うことに対して。

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