第十一話
私は言った。
「あの頃と違う目で私を見ようとしているのは、むしろ君のほうではないのか?くだらん幻想で人を遠ざけるのはやめてくれ。私は私、君は君。その本質は変えようと思っても変えられるものではない。君は先ほど私を大事な友だったといってくれたが、私にとっては今でも、君は一番大切な友人だよ。それとも、私からそんなふうに思われているのは迷惑なのかな?」
「違う……ッ!ごめん、俺はそんなつもりじゃ……」
そんなことはわかっていた。
私はただ、君から私を追い返す気力を奪いたかっただけだったのだから。
「急に押しかけてきたのは悪かったと思っているよ。外に連れ出すことも考えたが、いっそここで会ったほうが手っ取り早く二人きりになれるし、邪魔が入ることもないと思ったのでね」
「……」
「君をどうこうするつもりなどないよ。金で君を買うというようなマネはしたくなかったが、君の身体ではなく、君との時間を買ったのだと思ってくれればありがたい」
「ああ……そうだね」
君はそう言って、それから安心したものか、急に力が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。
「ごめん。もしかしたらあんたも、他のやつらと同じなんじゃないかなんて、一瞬でも考えた俺がバカだった。会いたかったよ。ホントはずっとあんたに会って話したかった」
「……私もだよ」
私がそういうと、君はあの残酷なまでに無邪気な顔で笑った。
「会いに来てくれてありがとう」
「私が勝手に来たのだ。礼など言って欲しくないな」
「……隣、座ってもいい?」
粗末なベッドを指して、君は問う。
「好きにしろ」
そう応えると、君は少し遠慮がちに、私からは少し離れた位置に座ったね。恥らうように……そう、まるで少女のように、頬を染めて。
でも、それが私の想いとはまったく違ったものであると私は知っていた。
それからしばらく、沈黙。
口を開いたのは、また君のほうからだった。
「……仕事は順調なの?」
「それなりに」
私がいつもそっけない返事をしていたのは、君の言葉を引き出したかったからだ。
「あんたのことだから……きっとすごい、名医なんだろうな」
「そんなことはない。所詮はただの町医者、できることなどたかが知れている」
「それでもあんたは名医だよ、絶対」
「……君のほうこそどうなのだ?この世界ではかなりの売れっ子だと聞いた……気を悪くしたかな」
「いや……いいんだ。多分ホントのことだよ。まぁ人気がなきゃろくに食っていけないけど、あったらあったで嫌なものさ」
私と話す君の口調は、あの幼かった日と変わらない。私にはそれが嬉しかった。だってまさかその格好で……そんなしゃべり方で商売をしていたわけではなかったのだろう?
「誰も俺の心なんかわかっちゃくれない。好きかってに俺の体を弄んでおきなおきながら、耳元で愛してるなんて囁きやがって。やつらはみんな勝手に俺のことを愛人だと思ってるんだ。そのうえ勝手に、俺もそれを喜んでると思っていやがる。吐き気がする。やつらにも……自分自身にもッ」
「……君は自分を恥じる必要などないよ。自分を犠牲にしてまで家族を守るなど、なかなかできる事ではない。仕事の内容の善し悪しなど、その崇高な精神に比べれば取るに足りないことだ」
「……」
「それとも、もう家族のことなど忘れて、こんな仕事からは足を洗ってみるか?」
私がそういうと、君はひどく驚いた顔をして私を見つめた。
「……え?」
「今日は実はそれが言いたくて来たのだよ。私もようやく一人前になって、それなりの収入も蓄えもできた。君の弟や妹までとはいかないが、君一人くらいなら世話できるだろう。店を辞めるのに金が必要ならば、それも何とかしてやる。だから、私と共に暮らす気はないか?」
「あんたと……」
「もちろん、友人として、だ」
「あんたと……」
君はホンの一瞬、夢見るような目をしてかすかに微笑んだように見えた。