第十話
一週間後に再び訪れたとき、強欲なマスターは前金など受け取っていないといったが、私がなにも言わずにもう一度金を払うと、喜んで君に会わせてくれた。
部屋で待っていた私を見て、君はひどく驚いた様子で……それから真っ青な顔をして、
「今夜の客があんただったとはね」
と、絶望と自嘲の入り混じった声で言ったね。
「憶えていて貰えて光栄だ」
私はそう言って、グラスにワインを注いで君に勧めた。君は少し戸惑って、それから一気にそれを飲み干した。私の顔を見ないように……目を合わせないように顔をそむけたままで。
私が何も言わずにいると、君はしばらく落ちつかない様子で意味のない行動を繰り返していたけれど、やがて独り言のように小さな声で、
「あんたの噂、聞いたよ」
と言った。
「……叔父さんのあとを継いで、医者になったんだってね。親切で、優しくて……貧乏人だって追い返さずに診てくれるって──天使みたいな、人だって。俺嬉しかったよ。胸を張って話すことは……なんだかあんたに悪い気がしてできなかったけど、でも心の中でいつも、俺はあんたの友達なんだって自慢してた」
「……」
「あんたはもう、そうは思ってないのかもしれないけど、俺にとってはあんただけは……ずっと変わらない、大切な友達だったんだ」
君はそう言って、ようやく私の顔を見たね。
とても悲しげに……今にも泣き出しそうな、美しい瞳で。
「あんたはホントに、俺にとっては天使様みたいなモンだったよ。初めて逢ったのは教会の中だったし、光に透けるような、その金色の髪が眩しくて……」
そうして君はその白い手をそっと私のほうへ伸ばし、この髪に触れようとして……だが触れずに手を下ろした。
「なんでこんなトコに来たんだよッ」
頬を伝う、涙。
「あんたはこんなトコに来るべき人じゃないんだよ。あんたにはもっと華やかな……眩しい世界が似合ってるんだ!こんな……薄汚い闇に落ちた俺の姿なんて、その目に映しちゃいけないんだよ。青空みたいなあんたの瞳に映るには、俺はあまりに汚れているもの」
君は涙まで流して、そんなふうに私を語ったけれど……私から見れば君のほうこそ、穢れを知らぬ天使そのものだった。
「こんな姿、見られたくなかった。それとも、不様な俺の姿を笑いに来たのか?なんで……なんで会いになんか来たんだよッ。もう二度と会わないって……来ないでくれって、言ったじゃないか!!」
「……」
「どうなんだよ御感想は?ハハッ、可笑しいだろう?こんな女みたいな格好して……いいや、格好だけじゃない。七年前のあの日から、俺は自分が男であることなんて忘れて生きてきたんだッ」
「……君が自分を男じゃないというのなら、私はそれでも構わないが」
自虐的に笑う君に、私が静かにそう言うと、君は不思議そうな顔をして私を見たね。
「私にとって、君がどんな格好で、何をしていようがそんなことは関係ない。君が男だろうと、そうじゃなくなろうと、それも別にどうでもいいことだ」
「え……」
「君があの頃と変わらずに、ただ私を友と呼んでくれるのであれば、それ以外何が変わろうが、私にとっては大した問題ではないのだよ」
それは何の慰めでもない、真実の言葉だった。たとえばもし君が人間じゃなくなったとしても……それが君だとわかるなら、私は同じように依存した。そう、それがどんなに汚らわしい虫けらの姿であろうとも、命がけで追い求めたに違いない。