13 達也の音。~マリルより厄介だぞ~[挿絵あり]
場所:タークの屋敷
語り:小鳥遊宮子
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ターク様の書斎のソファーテーブルに、今日もアンナさんが朝食を並べてくれる。
以前はベッドルームのテーブルで食事をとっていた私だけど、書庫で寝るようになってからは、書斎で食べることが増えていた。
焼きたてのパンが沢山入ったカゴが、テーブルの真ん中に据えられている。以前はワゴンに乗せられたままだったけれど、ベッドルームよりテーブルが広いので、ゆったりと配膳できるようになったのだ。
最近また、食事をとる様子のなかったターク様も、私の向かいに座り、パンを前に紅茶を飲んでいる。よく眠れたからか、少し食欲が湧いたらしい。
昨夜、ターク様が眠ったのを確認した後、書庫に戻った私だけれど、自分自身は全く眠れなかった。
昨日森で見たミレーヌの記憶を、何度も何度も思い出してしまったのだ。
蛇のように冷たい目、容赦なく振り下ろされる鞭、執拗なサキュラル……その全てが想像を絶するものだった。
達也に会えた喜びで、しばらくは浮かれていた私だけれど、あれが自分の未来だと思うと、背中がゾッと冷たくなる。
『ここを出て所有者の元へ行っても、退屈さえ我慢すれば、なんとかやっていけるんじゃないかな』
私はずっと、そんなふうに楽観的に考えていた。あのひどすぎる光景を、目の当たりにするまでは。
――まさか、あんなに壮絶だなんて……。
「ミヤコ? パンが潰れてるぞ?」
「え!?」
ターク様の綺麗な黒い瞳が、心配そうに私をのぞき込んでいることに気づいて、私はハッと顔を上げた。
「何度も呼んだぞ」
「す、すみません」
フワフワだったパンが、私の手の中ですっかり小さくなってしまっている。考え込みすぎて、ターク様の声も全く聞こえていなかったようだ。
震える手でパンをお皿に戻すと、バターナイフがガチャガチャと音を立てた。
「なんだか食欲がなくて……。すみません、書庫に戻ります」
そう言って立ち上がった私を、ターク様は慌てた顔で呼び止めた。
「ミヤコ、まて、私は……」
「は……はい?」
「私は、お前を、所有者に返すつもりはないぞ……」
ターク様は絞り出すようにそう言うと、「いいからここに座れ」と、私を引っ張ってとなりに座らせた。
「せっかく治療したお前を、私がまた、傷つける奴のところに、戻すと思うのか?」
そう言って、じっと私を見つめるターク様。その瞳は、不安に揺れる私の気持ちを見透かしてしまっているようだった。
「だけど、ターク様やマリルさんに、これ以上ご迷惑はかけられません……」
「だからってお前、魔力タンクになるつもりなのか?」
「でも、私……他に行くところが……」
私の瞳から涙が溢れはじめると、ターク様は「くっ」と小さく呻いた。
「あー、また……。泣くのはよせ。お前が泣くとタツヤがうるさいんだ。これを聞いてみろ」
彼はそう言うと、また強引に私を引き寄せ、自分の胸に私の耳を押し当てた。
「達也の声が聞こえるか? 私に言えないなら、タツヤに言えばいい。お前は、どうしたいんだ?」
ターク様の胸から、ドキドキと心臓の鳴っている音が聞こえる。まるでグラウンドを十周走った後みたいに、大きくて早い鼓動だった。
――なんだか、本当に、達也の心配する声が聞こえてくるみたい……。
急に力が抜けた私は、ターク様の胸に手を当て、囁くように達也に話しかけた。
「達也……私、魔力タンクにはなりたくないよ……」
「分かっている……心配するな」
ターク様の長い指が、まるでガラスの置物を扱うように、慎重に私の髪をなでている。なんて心地よくて、気持ちが落ち着くんだろう。
「……まぁ……マリルはまた怒るかもしれないがな……分かっただろ? お前を魔力タンクなんかにすれば、私はタツヤにいびり殺される。自分の中にいる分、タツヤはマリルより厄介だぞ」
ターク様のついたため息が、私のつむじをくすぐった。確かにそれは、とても厄介だという気がして、私は「なるほど」と返事をした。
「達也……なんて言ってますか?」
「お前を泣かせるなと……」
「そっか……達也、心配ありがとう」
私がまた、ターク様の胸に向かって話しかけると、彼は私の肩を押し、ふいっと自分から遠ざけた。
キョトンとする私を見て、彼はまた、深いため息をつく。
「……はぁ、今度はお前に触るなと言っているぞ」
「た、達也……」
達也の気持ちが、こんなにもターク様を動かしていたなんて、やっぱり少し、呆気にとられてしまう。
ターク様はずっと、どんな気持ちで私を守ってくれていたのだろう。私が彼を見上げると、彼は真剣な目をして言った。
「……とにかく、お前の所有者が見つかったら、私が交渉して、なんとしてもその契約を破棄させるつもりだ。お前はこれ以上、心配するな」
「でも、ターク様がマリルさんに、怒られたりしませんか?」
「マリルは私の婚約者だ。話せば分かってくれるはずだ」
キリリとした顔で、「まかせておけ」と言うターク様。本当に、甘えてしまっていいのだろうか。
「ターク様、ありがとうございます」
「あぁ。落ち着いたなら、自分の席に戻って残さずたべろ」
私はまだ、少しグスグズいう鼻をすすりながら、潰れたパンを頬張った。
達也が勝手ばかり言って、ターク様を困らせているのが、なんだかとても心苦しい。
――どうか、ターク様とマリルさんが、喧嘩になりませんように……。
まだ少し警戒した顔で、私の様子をチラチラと窺がうターク様を見ながら、私はその時、そんなことを願っていた。
ゴイムの虐待の記憶に怯える宮子を見て、ターク様は「お前を所有者に返す気はない」と言いますが、自分がここに居ては迷惑になると思い詰める宮子。そんな宮子にターク様は自分の胸の音を聞かせました。
ターク様とマリルさんの幸せを祈る宮子です。
今回で六章は終わりです。七章ではまた新しい展開になっています。まずはターク様、宮子を引き続き部屋に置く事を伝えるため、マリルさんに会いに行きますが……。




