07 ゴイムって何ですか?~本当に達也じゃないの?~
場所:タークの屋敷(書斎)
語り:小鳥遊宮子
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湯船を出た私は、メイドさんが用意してくれた寝巻を着た。淡いピンクのネグリジェだ。
サイズがあわず、首元が大きく開いているのを少し気にしながら、私はターク様を探して書斎に戻った。
彼はデスクに向かい、眉間にしわを寄せながら書類を睨んでいる。『邪魔をしてはいけないかな』と思ったけれど、彼は私に気付くと、待っていたかのように立ち上がった。
白いブラウス姿の彼は、黒い鎧を着ていたときより三倍はまぶしい。
バスルームでは恥ずかしくて直視できなかったけれど、いまは眩しくて直視できなかった。
私が目を細めると、「なんだ? 私がまぶしいか?」と、ちょっとナルシストっぽいセリフを吐く彼。
――確かにまぶしいですけど、そのセリフ、やばくないですか!?
幼なじみの達也にそっくりなターク様は、はっきり言って、超が付くイケメンだ。彼もきっと、自分の容姿には自信があるのだろう。
表情がかたく、達也に比べれば、とっつきにくい印象のターク様。だけど、神秘的な輝きを放つ彼は、どこにいても、間違いなく目立つはずだった。
――なんて綺麗なんだろう。神様だって言われたら信じちゃうわ。
ターク様に治療してもらったとはいえ、まだまだアザだらけの自分が悲しくなって、少し気分が沈む。
「傷むのか……?」
ターク様は、立ちつくしている私を、書斎入り口近くのソファに座らせた。それはさっき、ターク様に治療を受けたソファだった。
私の背中を、妙な緊張が走り抜けていく。
「なにか思い出したか?」
彼は私の隣に座ると、まだ大きな傷のあるおでこに手を触れた。痛がる私を見て、ターク様はニヤリと笑う。
「お前、少しもゴイムらしくないな」
「……ゴイムって、なんですか?」
思い切って尋ねてみると、ターク様は驚いたように眉を持ちあげた。
「なんだ? 幻術にかかってるのかと思ったら、記憶喪失か? そんなことまで忘れるとはな」
――忘れているわけじゃなくて、もともと知らないんですけど……?
そう思いながらも、「すみません……」と肩を落としてみせる。
不思議そうに腕組みして、首をかしげるターク様。
「ゴイムはな……」
そう言いかけた彼は、そのまましばらく言い淀んだかと思うと、ふいっと視線を横に投げた。
「……まぁ、忘れたならしばらく忘れておけ」
「えぇ!? そんなこと言わず、教えてください……!」
横を向いてしまったターク様の顔を、私は必死に覗き込んだ。
私があんな痛い目に遭ったのは、きっと、自分がゴイムになってしまったからだ。
ゴイムがなんなのか、わからないままでは、この世界で安心して、過ごすことはできない。
だけど彼は、「面倒だ」という顔をして、どんどん横を向いてしまう。
「今日は疲れただろ。さっさと寝よう」
「でも……」
――どうしてはぐらかすのかな?
納得がいかず、じとっとした目でターク様を見ていると、彼はひょいっと私を抱きあげた。
「私が言わなくても、一緒に寝ていればそのうち思い出すはずだ」
「え? 一緒に……!?」
慌てる私を抱えたまま、ターク様はベッドルームに移動し、私をそっとベッドに降ろした。
金の装飾が見事な天蓋付きの大きなベッドに、細かな刺繍が施された鮮やかな赤いシーツが目に痛い。
さっきバスルームに向かうときにも、チラリと見て思っていたけれど、あらためてよく見るとこれは……。
――派手すぎる……!
こんな豪華ベッドで、キラキラのターク様と一緒になんて、全然眠れる気がしなかった。
うえを向いて唖然としている私の隣に、ターク様が横になった。
「私の身体からは常に癒しの光が出ている。魔力は消費しないから遠慮は要らない」
そう言って、ぐいっと私を引き寄せたかと思うと、私の腫れたおでこにそっと唇を付ける。
「ひゃ……ターク様……」
「治療中だ。ジタバタするな」
「ひゃい……」
全身が癒しの光に包まれると、とにかく眩しくてくすぐったい。
――こんな癒しの光が、絶えず身体からあふれ出ているんだもの。ターク様は本当に不死身なのかも……。
――だけど、いくら使用人がケガさせたからって、初対面の私にどうしてここまで?
額に熱い吐息を感じながら、そんなことを考えていた私は、ふと目の前にある、ターク様の首に目をやった。
鎖骨の少しうえの窪みに、ハート型の見慣れたホクロがある。
幼いころから何度も見たそれに、私の目線は釘付けになった。
「このホクロは……!」
思わす手を伸ばし、指先でそれを突いてみる。触ると消えたりするのかと思ったけれど、それは確かにそこにあった。
突然私に首筋を突かれたターク様は、ビクッとして首をおさえると、顔を真っ赤にして後退りした。
「わ、なんだ? なにしてる?」
「やっぱり、あなた、達也でしょ!? どうしてずっと知らん顔してるの?」
「はぁ……?」
ターク様は少し目を丸くしていたけれど、すぐにムッとした顔をして私を睨んだ。
「私はタークだと言ったはずだ」
「だけど……ホクロまで同じだなんて」
「それでも、そんなヤツは知らない」
ターク様の苛立った口調に、またガッカリしてしまった私。
小さな声で「ごめんなさい」と謝ると、ターク様は「うっ……」と小さく呻いて、苦しそうに顔を歪めた。
「あの……大丈夫ですか?」
「く……。あぁ、もう寝よう」
優しい光の漏れる手が、私の頭をポンポンと撫でる。
「はい、おやすみなさい、ターク様」
「そうだ。それでいい」
私が名前を呼ぶと、彼は満足したように、ほんの少しだけ微笑んだ。
――笑うとますます達也っぽいわ。なんだかホッとする。
一日中驚きすぎて疲れていた私は、ゆっくりと目を閉じ、そのまま深い眠りに落ちた。