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06 すまなかったな。~ターク様と残り湯~

 場所:タークの屋敷(バスルーム)

 語り:小鳥遊(たかなし)宮子

 *************



 ――まだ異世界……?



 ソファーで目覚めた私は、さっきと変わりのない景色に、落胆しながら身体を起こした。()()()()()()()()という淡い期待は、見事に裏切られたようだ。


 二人のメイドさんが、私の顔を覗き込んでいる。さっきの真面目そうなアンナさんと、くるくるした短い髪の元気そうな女の子だ。歳は私と同じくらいだろうか。



「きれいにしてやれ」



 ターク様はそれだけ言うと、デスクに向い、なにやら書類に目をとおしはじめた。


 お風呂あがりなのか、なんだかさっぱりして、血に汚れた服も着替え終わっている。


 私はいったい、どれくらい眠っていたんだろう。



 ――ここ、お城……?



 あらためて周りを見渡してみると、そこは、クラシックな雰囲気が漂う、ステキなお部屋だった。


 ランプが吊りさがった大きな書棚と、上部がアーチになったおしゃれな出窓がある。


 書棚の前には、重厚感のあるデスクと椅子が置かれていた。


 やっぱりここは、彼の書斎のようだ。


 ぼんやり部屋を観察していると、メイド達が「こっちよ」と、バスルームへ案内してくれた。


 そこは、先ほど寝かされていた書斎の隣にある、ターク様の寝室の、さらにその奥に位置していた。


 ターク様専用のバスルームのようで、広々とした大理石の床に、おしゃれなバスタブがある。天井にはシャンデリア、壁の大きな窓には、美しい装飾のカーテンがかかっていた。


 まるで高級ホテルのようで、なんだかとても贅沢な気分だ。


 まだあちこち痛むけれど、ターク様の治療のお陰で、私はなんとか歩けるようになっていた。


 身体中にあった、たくさんの切り傷も、ほとんどが塞がっている。赤く盛りあがったような傷跡が残っているけれど、血はすっかり止まったようだ。



 ――すごい。もう動けるなんて。



 だけど、バスルームの鏡に目をやった私は、思わず「ひっ」と声をあげた。



 ――なんて悲惨。



 壁にぶつけられた顔面が、自分でもだれだかわからないくらいに赤く腫れあがっている。


 それはもう、()()()()なんて可愛いものじゃなかった。


 あまりの状態に、ターク様はこんな顔の相手に、よくあんな治療をしたものだなと、思わず感心してしまった。



「ひどい顔……。オバケみたい」


「さっきはもっとひどかったわよ? ご主人様の癒しの加護がなかったら、とっくに死んでいたと思うわ」


「そうね。それに、ご主人様は、貴重な魔力をまた使い切ってしまわれたわ」



 そう言いながらも、メイドたちはアザだらけの身体を気づかって、そっと洗ってくれた。


 恥ずかしいので自分で洗いたいと言っても、「仕事ですので」と、聞き入れてもらえなかった。


 あまりに手際がいいので、諦めてまかせていると、私を湯船につけたところで、彼女たちはさがっていった。



「私たちはこれで失礼しますから、よく温まってくださいね。着替えはこちらに用意しましたよ」



 仕事が早い彼女たちは去りぎわもすばやい。『本物のメイドさんなんてはじめて見たな』と、私は少し感動しながら彼女たちを見送った。


 脚をへし折られ、身体中切り裂かれたというのに、もうお風呂に入れるなんて、本当にありがたい。


 バスタブには、ミルクのような肌触りの優しい湯が、キラキラと光っている。傷に湯が染みるかと思ったけれど、むしろ心地いいくらいだ。



 ――もしかしてこれ、ターク様の残り湯?



 少しくすぐったくて気持ちのいい、あの不思議な光。包まれた感覚を思い出すと、まだ胸がドキドキする。



 ――私が眠ってしまったあと、どれくらいあの状態だったのかな……。



 ぼんやりキラキラのお湯を眺めていると、突然バスルームにターク様が入ってきた。



「きゃっ!?」



 裸の乙女が声をあげて小さくなるのを見ても、彼はおかまいなしだった。


 ツカツカと近づいて、バスタブの縁に座ったかと思うと、「顔がひどいな」と無表情につぶやく。



「う……」



 私は、思わず横を向き、顔を手で覆った。ミルクのようなお湯で、なかまでは見えないけれど、それにしたって視線が痛い。


 ターク様は、私の傷跡だらけの背中をしばらく眺めていたかと思うと、突然傷を指でなぞりはじめた。



「いたっ」


「ふーん。まだ痛むか」



 思わず肩をすくめると、無表情な彼の口元がニヤリと歪んだ。まるで私が痛がるのを楽しんでいるかのように、次々に傷をなぞっていく。



 ――お礼を言うつもりだったけど、これは……。なんだか少し意地悪じゃない?


 ――達也は私が嫌がることはしなかったのに……。



 幼なじみの達也と、そっくり同じ顔の彼だけに、どうしても二人を比べてしまう。


 朗らかで優しかった達也を思い出すと、目の前の彼に、どうしても少しビクビクしてしまった。


 しばらく無言で傷口をいじっていた彼は、最初からあったミミズ腫れの跡を指さした。



「この傷は、だれにやられた?」


「わかりません。気が付いたら傷だらけでした」


「じゃぁ、ほかになにか、覚えていることは……?」


「うーん……」


「本当に所有者不明なのか?」



 私がよくわからないという顔をすると、彼はバスタブの縁に座ったまま、思い切り顔をしかめた。



「記憶喪失は頭のケガのせいか?」



 彼の手が今度は後頭部を探る。



「い、痛いですよ」


「我慢しろ。私が触って悪くなることはない」



 彼は得意げにそう言って、濡れた髪をかき分け、頭の傷を確認した。



「しかしこれは……かなりひどいな。あいつら、なにをしたんだ?」


「石の壁にぶつけられました」


「はぁ……? じゃあ、あの骨折は?」


(こぶし)で叩き折られました」


「本当にふざけたやつだな」



 ターク様は苛立った顔で小さく舌打ちをする。



 ――どうしてこの人だけは、こんなに怒ってくれるんだろう。



 さっき道端に倒れていたとき、だれも助けてくれなかったことを思い出して、私は首を傾げた。



「すまなかったな」


「え? なにがですか?」


「急いでいたとはいえ、私の配慮(はいりょ)が足りなかったようだ。牢屋にいるほうが安全かもしれないと思ったんだが……」



 悲しげな顔で謝罪する彼。私はなにも言えないまま、ただポカンとした顔で彼を見上げた。



 ――まさか、謝られてしまうなんて……。



 貴重だという魔力を尽きるまで使って、あんな治療までしてくれたターク様。意地悪だなんて思ってしまったことが、急に申し訳なくなってきた。



「私の使用人がしたことだ。治療は最後までさせてもらう」



 はっきりとした黒い瞳が金色の光を反射し、誠実そうに輝いている。


 真剣な顔でそう言ったターク様は、牢屋でいきなり怒鳴ってきた彼と、同じ人物だとは思えなかった。


 相変わらず目付きは鋭いし、怖いくらい無表情だけど、声がひどく優しい。自分の落ち度でケガをさせてしまったと、本当に悔やんでいるようだ。



 ――あれがあなたのせいだなんて、そんなはずないじゃないですか。



 そう思うものの、うまく言葉が出てこない。


 私が「よろしくお願いします」とだけ返事をすると、彼はこくんと頷き、湯船に手を浸けた。


 光り輝く指先から、金色の光が静かにもれだし、湯に溶け込んでいく。



「ゆっくり入るといい。この湯には私の加護が残っているからな」


「はい……!」



 私が口まで湯に浸かり込んだのを見ると、ターク様はくるりと背中を向け、バスルームを出ていった。



 ターク様の治療でお風呂に入れるほどに回復した宮子。突然お風呂を覗きに来たターク様に傷をいじられます。


 少し挙動のおかしいターク様ですが、彼にはいろいろと、困った事情があるようです。


 次回、ターク様にベッドに連れ込まれた宮子は、あるものを発見します。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
この度はスペシャルな応援をいただきましてありがとうございます。 最近、拝読にこれず本当にすみませんでした。(積みweb小説の消化に奔走しておりました(汗笑 ) 前回、あわやという危機の寸前でターク様…
[良い点] ターク様は有名そうなだけあって、経済的に裕福みたいですね。 ゲス組を含めて色んな人を雇っていますが、人嫌いそうな彼が積極的に人付き合いするようには見えませんが…… 先祖代々雇っているとか、…
[一言] 花車様こんにちは! そして今日も読みに来ました! ひとまず宮子が回復して良かったです! そして宮子はこれからどうこの世界でいきていくのか!? 楽しみに読ませていただきますね(*^ω^*)
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