05 ターク様の治療。~全く、仕方ないな~[挿絵あり]
場所:タークの屋敷(書斎)
語り:小鳥遊宮子
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不死身の彼……ターク様に抱きあげられた私は、彼の書斎と思われる場所に運ばれた。そこは、さっきの牢屋とはうって変わって、天井が高く、広々とした立派な部屋だった。
「アンナ。彼女に着替えを用意してくれ」
アンナと呼ばれた女性は、どうやらメイドさんのようだ。フリフリした黒いワンピースに、それらしい白いエプロンをつけている。頭に揺れるフワフワのブリムも可愛いらしい。
だけど、生真面目にしっかり結ばれた薄紫の三つ編みが、どこか少し、近づきがたい雰囲気を醸し出していた。
マントを被ったボロ布のような私を、困惑顔で眺める彼女。だれだって、こんな状態の人を見れば、困惑くらいするだろう。
自分の顔面がひどく腫れているらしいことは、見なくてもわかる。そのうえ全身血まみれで、マントからはみ出た腕には、黒々とした怪しい刻印が刻まれているのだ。
「医務室へ運ばせましょうか?」と、彼女が言うと、ターク様は首を横にふった。
「あそこに治癒魔導師はいない。彼女はここで治療する」
「……では、バスルームにご用意致します」
アンナさんは、頭をさげると、いそいそと部屋を出ていった。ターク様の腕のなかで、不思議な光に包まれていた私は、見た目のひどさの割りには、心地よい感覚だった。頭がぼーっとしているせいか、痛みをあまり感じない。
――眩しいしくすぐったい……。やっぱり私、もう死んでるのかも……。
そんなことを考えていると、「降ろすぞ」と突然ソファに降ろされた。途端に全身に激痛が蘇り、油断していた私は「う、あぁ……!」と、うなり声をあげた。
――痛い! 痛い! 全身痛い!
さっきまで夢見心地だったのがウソのように、身体中が地獄のように痛い。それはもう、指先ひとつ動かせないほどの痛みだった。私はそれ以上うなることもできないまま、目の前の彼を期待を込めて見詰めた。
――お願いします、さっきの魔法で、パパっと治してもらえませんか……?
この最悪の日に、私の希望はこの人だけだ。
見知らぬ場所に飛ばされ、出会った人たちは、だれもかれも皆ひどかった。最初から死体扱いされ、ゴイムとかいう謎の言葉で蔑まれ、問答無用で痛めつけられて。
――だけど、あなただけは、私を助けてくれた。
――少し来るのが遅かったけど、あなたこそ、私のヒーローです。
ターク様は「あいつら……」と、つぶやくと、無表情のまま私に被せていたマントをまくった。
血まみれのワンピースはナイフで裂かれ、ぼろぼろにもほどがある状態だった。
「ひぇっ」と思うものの、身体中が痛くて大した反応もできない。
「裂傷多数……打撲に……骨折……?」
彼は、ぶつぶつ言いながらケガの様子を調べると、落胆したように大きなため息をついた。
「さっき治療したばかりなのに、なんなんだこれは……。ゴイムなんて……これだから……」
いらだった様子の彼を見上げて、私はビクッと身をちぢめた。
――せっかく治してもらったのに、さっきよりひどいことになってしまったから、怒ってるのかな?
――私だって一応、申し訳ないとは思ってるんですけど……。
――だけど、あんな大男相手では、私にはどうしようもなかったんです……。
「ごめんなさい」と、掠れた声で謝る私を見て、「哀れだな」と、つぶやいた彼。
「骨折だけでも先に治すか」
そう言って、私の折れた脚に両手をかざすと、さっきと同じように「ヒール」と、唱えた。
彼の手から緑の光が溢れだし、みるみる骨折が治っていく。
――おお! ありがとうございます!
だけど、緑の光はすぐに消えてしまった。
「あー。……もう魔力がつきた」
まだまだ色々とひどい状態の私を前に、ため息まじりにそう呟いたターク様。すがるように自分を見上げている私から目を逸らし、少し困った顔をした。
「まったく、仕方ないな」
彼は着ていた鎧や肩当てを外し、黒いシャツ一枚になると、無言でソファにあがってきた。
鎧を脱いだ彼は、急に輝きが増し、あまりの眩しさに、目を細めずにはいられない。
そのままゆっくり、のそのそと、ターク様は私に覆い被さった。私はただただ、ポカンとしながらそれを眺めていた。
――いったいなにしてるの……? 痛いんですけど!?
今日はいろいろと、おかしなことがあったけれど、今の状況が、一番よくわからない。
ギュッと目を閉じ耐えていると、ターク様は私の両脇に肘をついた。
そして、血まみれの傷口に唇をつけ、「はぁ」と当てつけるように吐息を吹きかける。
その吐息と一緒に、濃い金の光が口から吐き出され、肌に触れるとすうっと体に入り込んだ。
「さっきのは、お前に言ったわけじゃないぞ……」
耳元で、囁かれたその声が、悲しげに響く。だけど、なんのことを言われているのか、私にはよくわからなかった。
「え?」と声を上げてみたけれど、彼はおし黙ったまま、ゆっくり、ゆっくりと私に密着していった。
ターク様の身体から、あふれ出す不思議な光が、彼が私に触れている場所から、どんどん身体に入り込んでくる。それは、ヒールのときの暖かく穏やかな光とは違って、ゾクゾクソワソワとして、本当にくすぐったかった。
サワサワと光が肌に当たる音が聞こえる。
彼の熱い唇が肌に触れるたび、思わず「ひゃん……」と小さな声がもれた。あまりにも恥ずかしくて、逃げ出したくなってくる。
力の入らない腕でその肩を押しかえしてみたけれど、彼の身体は、ピクリともしない。
「治療中だ。じっとしていろ。その肩、外れてるぞ」
――これが、治療……?
そっと目を開いてみると、達也にそっくりな顔が目の前にあった。
見慣れていても、ついつい見惚れてしまうほどの端正な顔立ち。
キリリと整った眉、切れ長の大きな目には、輪郭のはっきりとした黒い瞳。形のよい鼻と唇、きめ細かい白い肌、少しクセのある黒くてフワフワの髪。なにもかもが達也と同じ。
だけど、いつもニコニコフワフワしていた達也とは、やっぱりずいぶんと雰囲気が違う。凛々しくて、でもどこか少し悲しそうで……。
ターク様は、パックリと開いた私のおでこの傷を睨むと、「埒があかないな」と、呟いた。そして、また一つ、唸るように息を吐く。
「もういい。口を開けろ」
そう言うと彼は、その光る指先で、戸惑う私の顎をぐいっと押し下げた。そして、否応なく開いた口を躊躇なく唇でふさぐ。
彼の口から溢れ出した光が、束になって私に注ぎ込まれた。
――あーあ……。もう、はじめてなのに……。
赤く腫れあがった顔が、さらに赤くなって、頭がぼーっとした。
こんなズタボロ状態で、突然唇を奪われたにも関わらず、抵抗どころか反応すら出来ない。あまりのゾクゾクに、頭が痺れてしまったようだ。
だけどしだいに、ズキズキとした体中の疼きが消え、傷口がゆっくり、本当にゆっくりと小さくなっていく。
――きっと、不死身の彼のこの光は、癒しの光なんだわ。
――ということはこれ、人工呼吸的なやつね。つまり、ノーカンだわ!
とは思うものの、あまりにも長いキスが、息継ぎを挟みながら、何度も何度もふってくると、身体がだんだん熱くなってくる。
――さすがにノーカンじゃないかも……。もう無理。なにも考えられない……。
私はそのまま、気を失ったように眠ってしまった。