03 地下牢での出会い。~不死身の彼は幼馴染と瓜二つ~[挿絵あり]
場所:タークの屋敷(地下牢)
語り:小鳥遊宮子
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しばらくすると、螺旋階段をゆっくりとおりる靴音が、冷たい地下牢の壁にひびきはじめた。
コツン、またコツン……と、かなり不規則な足取りだ。
どんな大男が現れるのかとぼんやり眺めていたら、案外普通サイズの男が姿を見せた。
ふらふらと足元をふらつかせながら現れた彼は、鉄格子を頼るように掴み、牢屋のなかの私をのぞき込んだ。
真っ黒な鎧に真っ黒なマントを羽織り、背中には背丈より大きな、分厚い大剣を背負っている。その剣も、鎧やマントと同じようにやっぱり真っ黒だった。
全身黒ずくめでかなり悪役っぽいけれど、彼が大男たちの親玉なのだろうか。
「お前が……迷子のゴイムか?」
虚ろな目でぼんやりとその姿を見ていた私は、彼が発したその声に、ハッとして目を見開いた。
――あれ? この聞きなれた声は……。
体を起こし、鎧の彼の顔に焦点をあわせてみる。
――達也!?
達也にしてはファッションがずいぶんと戦闘モードだし、なんだか光っている気がするけれど、それでも彼は達也にしか見えなかった。
私は痛む体を引きずって彼のほうへ進み、鉄格子にしがみ付いた。
「達也! 生きてたんだね……! 心配したよ。ずっと、どこにいたの?」
私に呼びかけられた彼は、戸惑ったように目を丸くした。
「ねぇ、達也。私、宮子だよ?」
――まさか、こんな場所で達也に会えるなんて。
すがるような気持ちで手を伸ばす私を、彼は鋭い眼差しで睨みつけた。
「うるさい!」
達也の口からは、聞いたことがないような威圧的な声……。
ビクッとして後退った私は、あらためて彼を見上げた。
「ご、ごめんなさい……」
苦しそうに胸をおさえ、はぁはぁと乱れた呼吸をする彼。そのかたく強張った表情は、私の知る優しい達也とは、似ても似つかなかった。
そして、その険しい表情とは裏腹に、彼の全身が、なぜだかキラキラと輝いている。
妖精の粉のような、小さな金色の光の粒が、彼のまわりをフワフワと飛びかっているのだ。それはまるで、生きているかのようだった。
――達也じゃない……?
怯えた顔で震える私を、眉間に皺を寄せて睨んでいた彼は、なんだか具合が悪そうに、小さな呻き声をあげた。
「くっ……お前の所有者は誰だ?」
「所有者って……何のことですか?」
「正直に言わないとひどい目にあうぞ」
「すっ……すみません。よくわかりません」
「なら、刻印を見せろ。私が確認する」
彼は牢屋の前に膝をつくと、鉄格子の隙間から私の腕をつかんで引っ張りだした。
「ひゃ……いたっ……」
「我慢しろ」
思わず閉じた目を、こわごわと開いてみると、彼の体から溢れた金色の光が、私の傷だらけの腕を包みこんでいた。
よく見ると、その光の細かい粒子が、彼が触れている辺りの傷口に、ゆっくりと吸いこまれていく。
――く、くすぐったい。
それは、柔らかい鳥の羽でそっと触れられているような、なんとも歯痒くてムズムズする感覚だった。
――痛いけど、少し気持ちいい……。
「うーん? なんだこの刻印は……。封印されているのか……?」
彼は片手で頭を抱えて、なにやら考えこんでいる。間近で見るその顔は、やっぱりどう見ても達也だった。似てるとかそういうレベルじゃなく、まったく同じに見える。
「あなた、達也じゃない……の?」
震える声で尋ねると、彼は怪訝な顔をして言った。
「私を知らないとはおかしなやつだな。私は不死身の大剣士、ターク・メルローズだぞ?」
「不死身の……大剣士?」
「そうだ。タツヤなどではない。ターク様と呼べ」
「タ、ターク様……?」
「そうだ。それでいい」
そう言うと、彼はニヤリと口元を歪めた。
――え……? 様付け強要……? しかも不死身ってなに? どういうこと?
――達也にしてはあまりにおかしいわね……。顔も声も同じだけど、話し方が全然違うし、それに、この、ひどい笑いかた……。
――やっぱりこの人、全然達也じゃなかったみたいだわ。
驚くやらがっかりするやらで、ぽっかり口が開いてしまった私を見て、不死身の彼はまた首を傾げた。
「とぼけているわけでもなさそうだな……。所有者がわからないなら出身を言ってみろ」
「出身……? 日本です」
「日本……? どこだそれは」
「え……、地球の、日本です」
「……お前、幻術にでもかかっているのか?」
「はい……?」
「ずいぶん傷がひどいな」
不死身の彼はそう言うと、鉄格子の隙間から両手を入れ、私の前に手をかざした。
彼が「ヒール」と唱えると、その金色に輝いていた手のひらから、今度は淡い、緑色の光が溢れだす。
それは、ほんのりと温かく、私の身体を包み込んだ。金なんだか緑なんだかちょっとややこしい。
だけどとにかく、その気泡のような光が傷口に入り込むと、しだいに傷が塞がっていく。
「魔法……?」
私が呆気に取られている数秒の間に、ズキズキと脈打っていた痛みが治まり、深い傷がかなり小さくなった。死にかけ……とまで言われた私の身体に、ふつふつと力が湧いてくる。
――こんな奇跡みたいなことが本当に起こるなんて!
「す……、すごい!」と、驚く私を見て、彼はまた首を傾げた。それから、ゆらっと立ちあがると、少し悔しそうにこう言った。
「悪いがいまは魔力が足りない。だが、なにもしないより少しはマシだろう」
「はい、すごくすごく助かります!」
「……私はいま急いでいる。戻るまで大人しくここで待つんだ」
「わかりました! ターク様!」
彼はまた少しふらつきながら、他の男たちと一緒に階段を登って出ていってしまった。
私は少し名残惜しい気持ちで彼を見送った。ちょっとビクビクしてしまったけれど、彼は私のケガを治してくれたのだ。
睨んでいるように見えたけれど、あれは体調不良のせいだったのかもしれない。
――達也じゃなかったみたいだけど、きっといい人に違いないわ!
この状況も、彼のことも、まだいろいろと理解が追い付かない。だけど、あのひどいケガが少しよくなったことで、心も体もかなり楽になった。
とりあえず言われたとおり、さっきの不死身の人……ターク様が、戻ってきてくれるのを待つしかない。
喘ぐようなため息をつきながら、あらためて右手首にある刻印に目をやってみる。どう見てもこれは、魔法の刻印だ。
さっきのヒールといい、この世界には魔法が存在しているらしい。不死身というのも冗談ではないのかもしれない。
――うぇっ。これ見てると酔うみたい。頭がぐるぐるしてきたわ……。
刻印に蠢く文字を眺めていると、気分が悪くなり、私はまた頭を膝にうずめた。
「つらい……」
マシになったとはいえ、まだまだ体中に傷が残っている。いまはあれこれ考えるより体を休めるのがよいだろう。
――目が覚めたら、日本に戻ってる可能性だってあるわよね……。
粗末なベッドによじ登ると、私はうとうとと眠りはじめた。